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TORENDIA

精神病覚え書

本文約9,000字 ・ 読了時間 約18分

あらすじ(AIが作成しました)

精神疾患により東京大学の神経科へ入院した作家が、持続睡眠療法による治療や外来での診察経験を通じて、自身の精神状態や精神医学、さらには精神病患者を取り巻く社会の状況を綴る。患者の苦悩を潜在意識の問題と見なす精神医学のあり方や、患者を異常視する一般社会の無理解や背徳的な姿勢を鋭く批判する。芸術家と精神病の関連性にも触れながら、より良く正しく生きようと葛藤する精神病者の内面と、内省を欠いた社会の対比を描き出す。

坂口安吾

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一ヶ月余の睡眠治療が終って、どうやら食慾も出、歩行もいくらか可能になったころ、まだ戸外の散歩はムリであるから、医者のフリをして、ちょッと外来を見せて貰った。幸い僕の担当が外来長の千谷さんであったから、有無を言わさず、僕が勝手に乗りこんだようなものであった。

ほかの精神病院のことは知らないが、東大に関する限り、ここが精神病院の何より良いところである。お医者さん、看護婦、附添い、すべて患者の神経を苛立たせないように、これつとめ、これを専一に注意を払ってくれる。神経科以外の病棟は決してこう行き届く筈はないだろうと思った。だから僕は、ほかの病気で入院する時でも、神経科へ入院して、その専門の病室へ通うのが何よりだと思ったほどである。

僕が外来で新患の診察を見たとき、患者は二十人ぐらいであった。そのうち、七八人は学童であったが、これはちょうど、時期が休暇に当っていたせいだという話であった。学童の親たちは、言い合したように「ヒキツケ」という言葉を用い、テンカンという言葉を用いた者は完全に一人もいなかった。

このヒキツケの学童たちは、いずれも智能劣等であった。ドストエフスキーの片鱗などは影もなく、殆ど大部分が智能劣等なのが普通だということであった。

千谷さんや、若いお医者さんの話では、パウロがテンカンではないかということであり、バイブルに現れるパウロの表現に、テンカンの要素が見られるということであったが、マホメットがテンカンらしいということは普通言われていることであり、狂信的世界はたしかに幻想の実在的確信を伴い、宗教家にテンカン患者がかなりいるのではないかと思われる節はある。

僕が退院する二日前、小林秀雄が見舞いに来てくれて、ゴッホは分裂病ではなく、テンカンじゃないのかと言いだした。

一般に精神病のお医者さん方がゴッホを分裂病だと云うのは、ヤスパースなどを読んで、その通り思いこんでおられるだけで、小林秀雄のようにゴッホに関する殆どあらゆる文献を読んでいるわけではない。

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