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TORENDIA

方言について

本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

地方特有の言語的風貌が個々の気風や人間固有の属性を鮮明に描き出す魅力を綴る。地域ごとの生活や感情に裏打ちされた方言は、本来の文脈においてこそ輝く一方、公的な場では滑稽感を誘うこともある。筆者は、標準語の画一化に危機感を抱きつつ、文学における個性的方言の活用という創造的側面についても考察する。

岸田國士

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私は方言の専門的研究家ではないが、人一倍その魅力に惹きつけられる。十人十色といふ言葉は、人間の個性は個々に色別し得ることを指すに相違ないが、同一国語を使ふ同一国土の中で、地方々々に特有の言語的風貌といふものがあり、それぞれ、その地方に生れ、育ち、住む人々の気風を伝へることに於て、これくらゐ微妙で、正直なものはない。

人間といふものは、兎に角、面白いものだ。どんなに単純な性格だといつても、そこには、いろいろの影響が、二重三重に浸み込んでゐて、一見同じ型の気質のうちに、意外な陰翳の相違を発見し、またこれと逆に、どう見ても正反対だと思はれる人物の輪郭を通じて、どことなく共通の感じが迫つて来るやうな場合がある。

私は嘗て、さういふ見方から、紀州人といふ一文を書いたことがあるが、紀州に限らずあらゆる地方の方言が、性、年齢、教養、稟質、職業、身分等によつて調味されつつ、なほ厳然として、独特の「あるもの」を保ち、これが風土そのもののやうな印象によつて、人間固有の属性に、一抹の、しかも、甚だ鮮明な縁取りを加へてゐることは、なんと云つても見逃すことはできないのである。

例を世界の諸国、諸民族にとれば、なほ話が解り易いであらう。英語は英国民の、仏語は仏国民の、ロシア語はロシア人のと、それぞれ語られる言葉の色調が、直ちに、その民族の風尚気質を帯びてわれわれの耳に響いて来る。厳密に云へば、英国人の感情は、英語を通してでなければ表はし難く、仏国人の生活は、フランス語によらなければ描き出すことが困難なのである。

さう考へて来ると、ある地方の方言を耳にするといふことは、その地方の山水、料理、風習、女性美に接する如く、われわれの感覚と想像を刺激し、偶々その意味がわからなくても、なんとなく異国的な情趣と、一種素朴な雰囲気を楽しむことができる。

さて、私の方言讚は、比較の問題にはいらなければならぬが、それは略するとして、それなら、どういふ場合にでも、方言はかかる魅力を発揮するかといふ疑問について答へねばなるまい。

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