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TORENDIA

山形屋の青春

本文約10,100字 ・ 読了時間 約21分

あらすじ(AIが作成しました)

山形屋の若主人宇部東吉は、突然東京へ行方をくらませる。父紋七や妻みよ子は困惑し、周囲では様々な臆測が飛び交う中、東吉は苦い経験を経て帰郷する。再会した父に対し、東吉は自身の心情を吐露し、妻への愛情を再認識したことを告げる。本作は、山奥の雑貨店を舞台に、青年が葛藤を経て真の夫婦としての絆を見出すまでの変容を描く。

岸田國士

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一

山形屋の若主人宇部東吉は東京へ商品の買ひ出しに出たきり、もう二週間も帰つて来ない。そのうへ、消息がふつつり絶えたきりになつてゐる。こんなことは今までに例のないことだから、留守居の細君みよ子はもう眼を泣きはらし、父親の紋七はコタツの中でぷりぷり言ひ、近所近辺はその噂でもちきりであつた。

上州三原からバスで鳥居峠を越える県道が、最近の大水で流されたあとへやつとかゝつた吾妻川の仮橋を渡ると、浅間の裾の鬼の押出しと呼ばれる熔岩地帯へ通じる鎌原の里である。登山口としてはわりに世間に知られてはゐないが、附近には鹿沢温泉とか、田代湖とかを含むいはゆる観光地もあつて、季節々々にはハイキングの客が相当乗り降りをする場所になつてゐる。山形屋は、そのバスの停留所の前にある雑貨店を兼ねた飲食店である。

もともと行商としてこの土地へ流れこんで来た宇部紋七が、二十年がかりでこれまでにしたといふだけで、なにひとつ取柄のある店ではなかつた。山奥の不自由さに慣れた人々を相手に、小ずるく立廻つた結果が、今ではいくらか、土地で口の利ける身分になつたことを彼は自慢にし、まだ五十になるかならぬかの年で、店を貰ひ子の東吉に委せ、自分は無鑑札で古物の売り買ひなどをし、東吉に嫁を持たせてからは、独り身の気楽さで、外を泊り歩いてばかりゐるのである。

さて、息子の東吉は、ある女旅芸人の腹に出来た父なし児で、五つの時に、縁あつて宇部紋七夫婦の手に引きとられ、その義理の母にも早く死に別れて、それ以来、文字どほり男親の手ひとつで育てられたのである。

そのためばかりではあるまいが、彼は、評判の孝行息子であり、律義で勤勉な若者であつた。色が白く、眉が濃く、口元に不思議な愛嬌があり、小柄なわりに腕つぷしが強かつた。

学校の成績はあまりよくはなかつたが、誰にでも好感をもたれ、餓鬼大将になる代りに、いつも賓客のやうな待遇を受けた。もちろん、青年期にはいると、異性の人望は圧倒的であつたが、彼は、それに対してほとんど無感覚といひたいほどの恬淡さを示した。

このことがまた彼に一層箔をつけた。

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