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TORENDIA

あの顔あの声

本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

門司から基隆へ向かう船上で出会った口髭の男を筆頭に、香港、海防、西貢、そして馬耳塞から巴里へ向かう汽車内で交錯する様々な人々の姿を綴る。異国の地で料理屋を営む者、捕虜経験を持つ仏蘭西人、植民地守備隊の兵卒など、旅路で遭遇する名もなき市井の人々や流浪の民の断片的な会話、仕草、そして抱える孤独や倦怠を写生する。出会いと別れを繰り返す旅の情景を通じて、人間模様の機微を鮮明に描き出す随筆である。

岸田國士

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🎧 あの顔あの声 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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門司から基隆まで

勿論船の上である。Tと名乗る男――彰化で料理屋を営んでゐる男――口髭を生やしてゐる男。

「こんなに静かなことは珍らしいです」

それはまた、両蓋の金時計を幾度も出して見る男――用が無くても船員に話しかける男――誰にでも飯が食へるかと訊ねる男。

「日清戦争の時、おやぢが通訳で……」

そのおやぢの写真を、取りに行つてゐるひまに、わたしは自分のキャビンに降りた。

香港

××汽船会社支店長――アルザス生れの仏蘭西人――青島で日本軍の捕虜になつた男――独身。

毎朝、モーターボートで店に出勤し、毎晩自動車で家へ帰る男。

「あゝ随分酔つた。わたくし、カツポレを踊ります」

――(勝手に踊れ)

「女は、日本の女に限りますね」

――(馬鹿、ネクタイでも結び直せ)

海防――××ホテル

「もう一つちよ……もう一つちよ……待てよ……来い、もう一つちよ」

「畜生、やれやがつた。それでいゝか」

「こゝへ来い……小さいの」

「大きいの出ろ、糞。ざま見やがれ」

雨がまだ降つてゐる……。

ボタリ! イモリだ。チイツ!

「いやだよツ、このぢゝい、お放しよツ」

雨がまだ降つてゐる。

トンキンの真昼はかなし血の如き

木の実を噛める土人の女ら

盗みたる金を施す賊もありきなど

思ひ続くる一日なりしかな。

タラ ラ ラ ラ ラ ラ もう一つ

涙さへ見せぬ彼女なりき――

シヨウロンの浜の

夕ぐれの一と時

西貢

波止場に近い酒場の一隅で、おれの手を握つた男――

「お前は何処かで見たことがある」と云つた男――

斜視の大男――油じんだ浅黄の仕事服。

「もう行くのか」――と、その声がどうしてだか耳に残つてゐる。

汽船アミラル・ポンチイの甲板

虎の爪を時計の鎖にぶら下げてゐる植民地守備隊の軍曹。

赤いフランネルの腹巻をしてゐる安南人と仏蘭西人の混血児。

ヂブチイの黒坊から駝鳥の羽根を買つた陸軍中尉の細君。

コルシカの島かげに立つ灰色の村を指して、「おいらの故郷」と叫んだ見習水夫。

馬耳塞から巴里への汽車中

十年間、マダガスカルの守備隊に勤めて、久々で故郷の土を踏む兵卒。眼の窪んだ、唇の厚い兵卒。

炎熱、労苦、倦怠、悪疫、脱営、監禁……それから、それから……。

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