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TORENDIA

六号記

本文約4,500字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

日本の現状に対し、演劇人としての立場から抱く不安と焦慮を綴る随筆。著者は、国民を画一化し、文学的教養や人間性を軽視する社会状況を危惧し、日本という国家の在り方を根本から疑う。西洋文化の表層的な輸入や歪んだ道徳観が蔓延するなか、真に健全な芸術や文化が育まれない原因は、指導者層による民衆の統制にあると断じる。祖国への愛ゆえに、自ら現状を直視し、言葉にすることで日本をより良い国へと変えていく必要性を説いている。

岸田國士

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🎧 六号記 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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どうにもならぬことを、ひとりぶつぶつ云つてもしようがない、と思ふやうになつてゐることは事実である。誰でも考へてゐるやうなことを、わざわざ口に出して云ふのは、野暮の骨頂だ、といふ風にも教へられてゐる。が、しかし、どうにもならないとは、一体、いつからきまつてしまつたのであらう? 当り前でないことが当り前で通るやうになつたのは、誰もが考へてゐるだけで、公然とそれを云はないからではないかと、私は近頃しきりにそそのかされるやうな気持になつて来た。

では、どういふ風にそれを云つたらいいか、誰に向つてそれを云ふべきか、先づ何から云ひ出したものであらうか?

ひとつひとつを取り上げると、さも「小さなこと」に似てゐる。そんな小さなことではないと思ふのだが、それを「大きなこと」に結びつけると、話が空漠として誰の胸にも響かなくなりさうだ。わかるものにはわかるに違ひないが、わからせたい人間がびくともしないにきまつてゐる。

私は、いま、自分の仕事のことを楽しく考へる習慣を失はうとしてゐる。仕事をしてゐさへすればよいのだ、といふ自信がもてないのだ。勿論、かういふ時代に、わき目もふらず自分だけの仕事に没頭し得る人達を尊敬し、羨むことは、さういふ人達の仕事が立派である場合に殊に文句はないのであるが、私は、不幸にして、演劇といふ専門を撰んだためか、自分だけの仕事ではすまされない境遇におかれてゐる。自然、われわれの成長を阻む一切のものを、単なる現象として、冷やかにこれを視過すことができないのであらう。

この不安焦慮は、煎じつめると、日本といふ国はこれでいいのだらうかといふことである。嗤はずに聴いてほしい。芝居なんかどうなつてもかまはない。日本が住むに堪えないといふことは、眼かくしをされた人間どもにはわからない。

世界は今不安の時代だ、といふやうなことを誰でも云ふ。しかし、その不安は、自分の国に愛想をつかさせるやうなものであらうか? 祖国を逃れて安住の地を求めるなどは、恐らく何人にとつても夢であらう。放浪を思ひ立つ以外、眼を瞑るのが当世の気運である。

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