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TORENDIA

日本の新劇

本文約4,000字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

昭和九年、日本の演劇界において「新劇」とは何かという問いを端緒に、その歴史的背景と現状を論じる。先人たちが西洋演劇の模倣から国劇の樹立を目指した苦難の過程を振り返りつつ、近代日本に真の「現代劇」を定着させるための課題を考察する。単なる芸術運動を超えた文化運動としての新劇の成熟を説き、西洋劇の本質を消化し、現代日本人の生活を舞台化することの重要性と、将来的な発展への展望を述べる。

岸田國士

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🎧 日本の新劇 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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現在いろいろな場合に新劇といふ言葉が使はれてをりますが、先日もある機会に、「新劇」とはなんぞやといふ質問が出ましたのに、この答へを当然用意してゐなければならない人々が、実はお互に顔を見合せて苦笑をした次第であります。

これを「新しい芝居」と云ひ直してみても、その「新しい」といふことが何処までの範囲を指すか問題になります。何時如何なる時代に於ても、新しいといふことはそれ自身に一つの魅力でありますから、多くの人の興味をそゝる上からも、芝居といふものは何等かの意味で新しい趣向を必要とするやうに考へられてをります。極端な場合には、旧いものでも、その旧さによつて世間から忘れられてゐるものなどは、やはり、一種の好奇心によつて、それが「新しい」ものとしての価値を生ずるやうな場合がなくもありません。

結局、さういふ意味では、芝居の世界に於ても、絶えず「新しい」ものが求められてゐたに相違なく、わが国伝来の歌舞伎劇の如きすら、長い伝統を通じて、ある変り方をして来たのであります。

ところが、今日、われわれの申す新劇とは、さういふ意味での新しさを指すのではありません。これを一口に申せば、社会的又は文化的方面に於ける日本の近代的更生と歩調を合せて、現代のための、そして現代の生んだ一つの芸術形式が、やはり演劇の上でも、相当の場所を占めなければならぬといふ主張から、過去の演劇の、云はゞ「近代的でない」部分に反撥して、新しい思想、感情、感覚を舞台に盛らうといふ運動を指すのであります。

たゞしかし、それには順序といふものがあります。最初は、歌舞伎劇自身が、動機は兎も角としてこれを試みました。新派劇もその発生当時に於ては、その名の示す如く、新時代に適応する演劇を目指してゐたのであります。が、それにも拘はらず、遂に、その何れもが、真の「現代劇」となり得なかつた理由は、まあ私が申上げなくても、どなたもおわかりのことゝ思ひます。

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