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TORENDIA

風邪一束

本文約3,400字 ・ 読了時間 約7分

あらすじ(AIが作成しました)

著者自身の経験に基づき、風邪という病の正体や、それにまつわる個人の記憶を綴る随筆。異国での旅先や巴里での放浪時代に罹った風邪の体験を振り返り、病に伴う身体的苦痛や不思議な幻覚、さらには病状と周囲の環境がもたらす精神的な影響を考察する。また、日本人の生活習慣の中に風邪の気配を見出し、病との関わり方について独自の視点から思索を巡らせている。

岸田國士

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🎧 風邪一束 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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年久しくその名を聞き、常に身辺にそれらしいものゝ影を見ながら、未だ嘗てその正体をしかと捉へることの出来ないものに、風邪がある。

風邪は云ふまでもなく一種の病である。多くは咽喉が荒れ、咳が出、鼻がつまり、頭が痛み、時には熱が上り、食慾進まず、医師の手を煩はす場合が屡々ある。

凡そ今日では、病気の数がどれくらゐ殖えたらうか。病名がきまつて、病原のわからぬものも随分あると聞いてゐるが、病原がわかつても、予防ができず、予防はできても治療できない病気の名などは、あまり耳にしたくないものである。

さて、風邪のことになるのだが、私は、医学上、此の病気がどう取扱はれてゐるか知らないし、何々加多児といふのは風邪の一種だなど聞くと、もう興味索然とするので、風邪は飽くまでも風邪又は感冒なる俗名で呼ぶことにする。

――なんだ風邪か。

――風邪、風邪つて、油断はならない。

実際、風邪くらゐで大騒ぎをする必要はないといふしりから、風邪がもとで死んだといふ話をして聞かせる奴がある。

尤もかの流行性感冒といふ曲者は、近時、「スペインかぜ」なる怪しくも美しい名を翳して文明国の都市を襲ひ、あつと云ふ間に、幾多の母や、夫や、愛人や、子供や、女中の命を奪つて行つた。同じ死神でも虎列剌や、黒死病と違ひ、インフルエンザといへば、なんとなく、その手は、細く白く、薄紗を透して幽かな宝石の光りをさへ感ぜしめるではないか。

私も先年「恐ろしい風邪」を引いて、危く一命を墜とさうとした。

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