本文へ移動
TORENDIA

ジヤン・コクトオ作「恐るべき子供たち」

本文約860字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

雪玉で胸を裂かれた少年を起点に、異常な素質を持つ子供たちが、善と悪、呪咀と祈願が交錯する異常な生活へと踏み込んでいく様を描く。本作は、フランスの作家ジヤン・コクトオによる近代の社会層を鋭利細密に観察した記録であり、正義派的感傷を排しつつも、理解しがたい行動をとる「恐るべき子供たち」の人生史を、作者自身の視点も交えながら象徴的に綴る。東郷青児による翻訳を通して、彼らの日常と運命を鮮やかに写し出す。

岸田國士

速度
🎧 ジヤン・コクトオ作「恐るべき子供たち」 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 1

日本の「若い時代」が、ジヤン・コクトオを愛読しはじめた。現代仏蘭西の生んだ、この驚くべき才能は、世界の隅々に、多くの模倣者を出しつゝあるやうである。模倣者に罪はない。ジヤン・コクトオそのものは、新文学の見本製作者である。

今度、東郷青児君を、この「日本のコクトオ」の中に加へることができた。かれは厳密な意味で文学にたづさはる人ではない。アヴアン・ギヤルドの画家としてかれを知る人は、小説の翻訳がかれの手から生れたことを、やゝ意外に思ふだらう。

「恐るべき子供たち」、この日本語の題名は、多分様々に解釈されるであらう。テリイブルは「恐るべき」の意に相違ないが、更に説明的に訳すると「エキストラ・オルヂニエル」である。「何を仕でかすかわからない」である。「箸にも棒にもかゝらない」である。誠にこの物語の小主人公等は、異常な素質によつて、異常な生活に踏み込んで行くのであるが、そこに描かれた環境は、ロマネスクな絵空ごとでなく、鋭利細密な観察に基づく近代一社会層の解説であり、雪玉で胸を裂かれた少年が、遂に毒薬の塊りに歯を当てるまでの運命は、善と悪、呪咀と祈願の交錯に終始する人生史の象徴的記録である。

私が、この作品に打たれた理由の一つは、作者が、微塵も正義派的感傷を交へずに、しかも、限りなく暖かい作品を書き得たといふことである。標題の「恐るべき子供たち」は、頁を繰ると共に「愛すべき子供たち」として読者の心に映るであらう。私は、屡々、フランスの親たちが、その子供らについて他人に語る時、“Ils sont terribles”といふ言葉を濫用してゐたやうに記憶する。日本の親なら「どうも、乱暴でしやうがございません」といふところだらう。コクトオは、この親たちの如く、その「恐るべき子供たち」について語つてゐるとはいへない。しかしかれは少なくとも、それらの子供たちの一人である。

最後に、この訳書を手にする人々が、その見事に内容的な装幀と、憎々しくスマアトな挿絵を見て、この「恐るべき翻訳者」は、羨ましい武器をもつてゐることに気がつくだらう。

完

岸田國士の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本