歌の口調
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あらすじ(AIが作成しました)
歌の口調の良し悪しを判断する普遍的な標準は曖昧だが、個人は自ずと一定の標準を持つ。著者は歌の口調を科学的に分析するため、母音を発する際の唇の形状変化を空間曲線として数式化する手法を提案する。口の周りの運動に伴う筋肉の感覚を韻感の源と捉え、歌の波長や波数の分布を統計的に分析する試みを通じて、口調という捉えどころのない要素を系統的に解明し、歌の音楽的側面を客観的に研究する可能性を論じる。
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歌の口調がいいとか悪いとかいう事の標準が普遍的に定め得られるものかどうか、これは六かしい問題である。この標準は時により人により随分まちまちであってその中から何等かの方則といったようなものを抽き出すのは容易な事とは思われない。
しかし個人的には、たとえそれは自覚されないにしても、何かしら自ずから一定の標準をもっていて、それに当嵌めて口調の善し悪しを区別している事だけは否定し難い事実である。
それでもし各個人の標準を分析的に研究して、何等かの形でその要素といったようなものを抽出する事が出来れば、次には色々の個人の要素を綜合して、帰納的にやや普遍な方則を求める事が出来そうにも思われる。
口調というものの最も主要な要素の一つは時間的のリズムであるが、和歌や俳句のようなものでは、これは形式上の約束から既にある範囲内に規定されている。勿論その範囲内でも、例えば七、五の「七」を三と四に分けるか二と五に分けるかというような自由があるのでそれらのコンビネーション、パーミュテーションでかなり複雑な変化が可能になる。
しかし、この要素は最も純粋な音楽的の要素であってこれを研究するには勢い広く音楽やまたあらゆる詩形全体にわたって考える事が必要になる。これはなかなか容易な仕事ではない。
次に重要な要素は何と云っても母音の排列である。勿論子音の排列分布もかなり大切ではあるが、日本語の特質の上からどうしても子音の役割は母音ほど重大とは考えられない。これがロシア語とかドイツ語とかであってみれば事柄はよほどちがって来るが、それでも一度び歌謡となって現われる際にはどうしても母音の方の重みが勝つ。いわんや日本語となると子音の役目はよほど軽くなると云っても差しつかえはない。