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TORENDIA

犠牲者

本文約18,200字 ・ 読了時間 約37分

あらすじ(AIが作成しました)

浅野護謨会社の事務員として働く今村謹太郎は、月給七十五円でつましくも幸福な家庭生活を築いている。ある吹雪の夜、夜勤を終えて帰宅する途中、今村は小使の惨殺事件に関与したとの嫌疑をかけられ拘束される。職場や帰路で起きた偶然の出来事が重なり、法廷の場で追い詰められていく。本作は、人間の過誤の犠牲となった一人の男をめぐる事件の真相と、弁護士の苦悩を綴る。

平林初之輔

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一、小さな幸福

中学の課程すらも満足に了えていない今村謹太郎にとっては、浅野護謨会社事務員月給七十五円という現在の職業は、十分満足なものであった。自分のような、何処といって取柄のない人間を、大金を出して雇ってくれている雇主は世にも有り難い人であると、彼はいつも心から感謝していた。

彼は、それだけの給料で、ささやかながらも、見かけだけは堅牢な家庭生活を築き上げていた。彼の郷里である山陰道の農村から、殆んど富士山も見ないようにして、まっすぐに彼の家庭へとびこんで来た細君は、村の生活と、彼等二人の家庭生活とのほかには、世間のことは文字通り何も知らず、彼等の生活とちがった人生が、此の世の中にあり得るなどと考えたことすらもなかった。夫婦の生活というものは、月収七十五円の範囲内で営まるべきものと神代の昔からきまっているように想像していた。従って、現在の生活に満足している程度は、今村と同様若しくはそれ以上であり、今村が雇主に感謝していると同じように、彼女は、百姓娘の自分を人の羨む東京へつれて来て養ってくれている今村に、心からの感謝を捧げていたのである。

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