打楽器だけのダンス曲。
曲が終ると共に幕開く。
舞台は、同時に、高級なナイトクラブのホール正面の、階段のあるステージ。 したがって観客は同時にナイト・クラブの会員や客である。 音楽にのって踊っていたソロ・ダンサアがステージにグッタリと倒れてフィナーレのポーズになる。上半身裸体に、黒い紗の、前を割ったオダリスク風のスカート。紗の黒と、伸びの良いからだの白と、胸当ての銀。
あちこちで拍手。
ダンサア立つ。 その立ちかたが、およそ、そういう場合のダンサアらしいポーズを捨てた、ちょうど走っていてころんだ小学生がヒョックリ起きあがったように。こっちを向いてニッコリして、相手へ向って頭をさげる。
ありがとうございます。 今晩はこのわたくし、緑川美沙が このステージに立つ最後の夜でございまして ただ今の踊りが、最後の踊りでございました。 ずいぶん永い間、ここで私は踊った 汗を流したり、涙を流したり ――いろいろの事がございました それを思うと今踊りながらも 悲しいような、うれしいような 胸がいっぱいになったのでございます。
それにつけても、私のように貧しい者が とにもかくにも、こうしてつとめて来られましたのは、 会員やお客さま――あなたがたの、 ごひいきのたまものでございまして、 このステージにお別れするにあたりまして、あらためて、 心からのお礼を申しあげます ありがとうございました。
世の中は広うございます ひとたび、ここから立ち去ってしまえば 私の姿など世の中と人々の間に呑まれてしまって、 二度と再び、あなたがたの眼には ふれないかも知れません。 しかし、時には思い出してくださいまし、 このような姿をした(言いながら、白い脚をスッスッと出してタンゴの二三節のステップを踏む) このような声をした(唄う身ぶり) 緑川美沙という、こんな女がいた事を。