アメリカ人に問う
本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分
あらすじ(AIが作成しました)
広島と長崎への原子爆弾投下という事実を受け、日本人がアメリカ人に対してその是非と民主主義との関係を問う。戦争終結から八年が経過し、日米の親善関係を深めようとする中で、過去の記憶を無駄にせず平和に役立てるため、原爆使用の決定プロセスや今後兵器を使用する際の国民の合意形成について、アメリカの良心と呼べる人々に率直な対話を求めていく。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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すべてのアメリカ人諸君。
誤解が起きるのを避けるために最初にことわっておきますが、私はアメリカを良い国だと思い、アメリカ人をよい人たちだと思っている者です。あなたがたは若くエネルギッシュで率直で、正義と自由に立とうとしており、他国にたいして寛大で親切です。
私および私どもは戦争が終ってから八年のあいだあなたがたの姿とあなたがたが私たちにむかってなさったことを注意ぶかく見てきました。その八年めの結論としてこのことを言っているのです。
私および私に似たような日本人の多数が、あなたがたを良い人たちだと思っているという事実を、あなたは信じてくださってよろしい。
なぜこのようなことを最初に言うかといいますと、私はこれから、もしかするとあなたの気にさわるかもしれないある質問をあなた宛てにしようとしているからです。
たぶん、たしかにそれはあなたにとって愉快な質問ではない。もともと私はどんな意味ででも、あなたに不快をあたえたくない。だのにこんな質問をあえてするわけは、それはどうしてもしなければならぬ質問だからです。私は八年間、言いだすのを控えていましたが、しかし結局はどうしても言いださないではいられない。そういう欲望と同時に必要があるのです。私だけにとって必要であるばかりでなく、私とあなたとの今後の関係にとっても絶対に必要な質問であると思います。だから質問の結果、一時的に多少あなたを不快にさせたりするかもしれないと心配しながらも、言いださないわけにはいきません。そしてたぶん最後まで読んでくださればわかってもらえるであろう――そういうつもりで、言いだしてみるのがよいと私は考えます。
それに、これを言いだしてみるということそれ自体が、私があなたがたを人間として信頼している――すくなくともある程度までは――ということは、私の質問の表面的な不愉快さにたいする反感のために、この質問を持ちだそうと思った私の真意までを曲解なさるほど不公正な人間であなたがないと、私が思っているということです。