草木塔
本文約1,100字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
其中庵の周囲に植えられた茶の木や柿の木、そして楢の葉との触れ合いを通じて、自然の風情やそこに見出す人生の機微を綴る。庵を飾る茶の花に隠遁的な静けさと老いの気配を感じ、柿の木が織りなす四季の移ろいに日本の情趣を味わう。さらに、楢の葉が立てる音に野性の純真を見出し、静寂の中で移ろいゆく季節や自然の生命力を静かに観照する日々の心の動きを克明に描き出す作品である。
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茶の花
庵のまわりには茶の木が多い。五歩にして一株、十歩にしてまた一株。
私は茶の木を愛する、その花をさらに愛する。私はここに移ってきてから、ながいこと忘れていた茶の花の趣致に心をひかれた。
捨てられるともなく捨てられている茶の木は『佗びつくしたる佗人』の観がある。その花は彼の芸術であろう。
茶の木は枝ぶりもおもしろいし、葉のかたちもよい。花のすがたは求むところなき気品をたたえている。
この柿の木が其中庵を庵らしく装飾するならば、そこらの茶の木は庵の周囲を庵として完成してくれる。
茶の花に隠遁的なものがあることは否めない。また、老後くさいものがあることもたしかである。年をとるにしたがって、みょうが、とうがらし、しょうが、ふきのとうが好きになるように、茶の木が、茶の花が好きになる。
しかし、私はまだ茶人にはなっていない、幸にして、あるいは不幸にして。
梅は春にさきがけ、茶の花は冬を知らせる(水仙は冬を象徴する)。
茶の花をじっと観ていると、私は老を感じる。人生の冬を感じる。私の身心を流れている伝統的日本がうごめくのを感じる。
茶の花や身にちかく冬が来てゐる
柿
前も柿、後も柿、右も柿、左も柿である。柿の季節に於て、其中庵風景はその豪華版を展開する。
今までの私は眼で柿を鑑賞していた。庵主となって初めて舌で柿を味わった。そしてそのうまさに驚かされた。何という甘さ、自然そのものの、そのままの甘さ、柿が木の実の甘さを私に教えてくれた。ありがたい。
柿の若葉はうつくしい。青葉もうつくしい。秋ふこうなって、色づいて、そしてひらりひらりと落ちる葉もまたうつくしい。すべての葉をおとしつくして、冬空たかく立っている梢には、なすべきことをなしおえたおちつきがあるではないか。
柿の実については、日本人が日本人に説くがものはない。るいるいとして枝にある柿、ゆたかに盛られた盆の柿、それはそれだけで芸術品である。
そしてまた、彼女が剥いでくれる柿の味は彼氏にまかせておくがよい。
柿は日本固有の、日本独特のものと聞いた。柿に日本の味があるのはあたりまえすぎるあたりまえであろう。
みんないつしよに柿をもぎつつ柿をたべつつ
楢の葉