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TORENDIA

幽霊

本文約5,400字 ・ 読了時間 約11分

あらすじ(AIが作成しました)

赤坂の新居へ転居した一家は、庭の奥にある蓋を釘付けされた井戸の存在や、家賃の安さに奇妙な念を抱く。ある夜、二階で寝ていた少年と姉は、濡れそぼり血を流す老婆の幽霊に遭遇し、同様の現象は父の身にも起こる。近隣の商人の話により、この家ではかつて甥が財産目当てに老婆を殺害し、井戸へ遺体を遺棄した凄惨な事件があったことが判明する。本書は、少年時代に体験したこの怪異と、その後の霊魂の存在に対する自身の確信を綴る。

小野佐世男

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🎧 幽霊 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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残暑がすぎ、凉風がさわやかに落葉をさそう頃になると、きまって思い出すことがある。

私はまだ紅顔の美少年(?)だった。その頃、私達一家は小石川の家から、赤坂の新居へ移った。

庭がとても広かった。麻布の一聯隊の高い丘が、苔むした庭の後にそびえ、雑草やくるみの木が、垂れさがるように見える空の上に生い茂っていた。また、丘の下のせいかじめじめとしていて、いちじくの葉が暗い蔭をところどころに手をひろげ、庭の奥の方は陽も射さぬほどだった。

黒板塀に囲まれた小粋に見えるこの家は、風流気の多い父の好みにぴったりと合っていた。かなり大きな家で、二階は十畳の客間の他に、八畳と六畳の間があり、私の部屋はこの六畳の間で、隣りの八畳は二番目の姉の居間にあてがわれた。父たちの他の者は階下に住むことになった。

台所がばかに広く、子供心に私は、雨の日はここで友達と遊べるなと、秘かに喜こんだものだが、……たたきの所に直径五尺ほどの大井戸があった。ところがこの井戸は、半分は家の中に半分は外にはみ出て、内外いずれからも使用できるようになっているので、打ち水の時などさぞ便利だろうと思われたが、奇妙なことには、部厚い板で蓋がされ、おまけに大きな釘で開かないように釘付けにされていた。釘はすっかり錆付いてほこりを浴びていた。もちろん他に水道の設備もあったので、母などは、

「まあまあ、よい井戸があるのに釘づけになっていておしいわね。でも子供が多いから、落ちでもしたらたいへんだし、当分このままにしておきましょうよ……」

と、笑いながら引越荷物をといたりしていたものだが……。

さて、近所に引越そばを配り終って、夕餉の膳がすんだ時、

「あなた、こんな立派な家なのに、ばかにお家賃が安いじゃありませんか」

と母が父に話しかけたのを聞いた。

庭に黒ずんだ蛙が、湿った土を滑りそうに這いずっている。後が水をふくんだ土手のせいか、どこよりも早く夜が訪れたように辺りは暗い。私は二階の自分の部屋に帰り、障子を開けて物干台に出た。

どこかで馬のいななきが聞える。つづいて遠く聯隊の消燈ラッパの音が、少年の私には物珍らしく又さびしく聞えた。

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