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TORENDIA

明治文学の概観

本文約6,700字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

明治の文学を、西洋の思想や様式を模倣・翻案することで急速な進歩を遂げた時代として論じる。欧米文学の積極的な受容と文体の変遷を軸に、硯友社や民友社などの諸派、評論家による論争、雑誌の創刊といった文壇の動きを辿る。本作は、西洋文学の感化を受けつつも、国民性から乖離しがちな当時の文学状況を検証し、写実や象徴といった運動を経て大正期へと至るまでの変遷を回顧する。

田山録弥

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一 飜案の時代

明治の文学は、飜案の時代、飜訳の時代だと言へる。国民性といふことが言はれるけれど、その国民性と文学と何の点まで一致して居るかといふことは疑問である。

勿論、それは明治の時代がさういふ時代であるからである。物質上ばかりでなく、精神上にも一般に模倣飜案といふことは争はれない。学者も思想家も創作家も、西洋の著書からその思想と問題と様式と着想とを得て来て、そしてそれを今の実際に当てはめやうとしてゐる。従つて、明治の文学は先に進み過ぎた文学、国民性にかけ離れた文学、切実の度のない文学、更に進んで空疎な文字の多い文学であつたといふことが出来ると思ふ。

その証拠には、明治の文壇に起つた議論とか、思潮とかを検して見ると、それは大抵は西洋から翻案し来つたもので、それに就いて徒らに空論を上下して居るやうなものが多い。覚醒の第一の警鐘と謂はれる『小説神髄』からして既にさうである。其他、没理想の議論でも、ハルトマンの美学でも、ニイチエの美的生活でも、イブセンでも、オスカーワイルドでも、所謂自然主義でも、皆なさうである。いつでも国民一般の平行線よりも百歩も二百歩も先に出てゐる。

しかしこれが悪いといふのでは決してない。さういふ模倣好きな、翻案好きな国民だから、文学の方面ばかりでなく、総ての方面に於ても、短かい年月の中に、驚くやうな長足の進歩をしたのである。文学で見ても、『小説神髄』時分と今とを比べて見ると、かうも違ふかと驚かれる位である。僅か二十七八年の中にかうした進歩をしやうとは、誰も予期するものがなかつたに相違ない。

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