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TORENDIA

浜田山の話

本文約3,000字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

戦時下の大森から井の頭線浜田山へ転居した著者が、閑静な土地の変遷と「浜田山」の地名の由来を辿る。かつてこの地にあった浜田家の屋敷跡と松山、そこに眠る浜田弥兵衛の墓所を訪ね、地元の伝承と歴史資料を比較検討する。長崎で活躍した同名の人物との関連を考察し、かつてこの土地で生きた人々への敬意と、武蔵野の地で静かに暮らした一人の庄屋としての浜田五良八の生涯に思いを馳せる様子を綴る。

片山廣子

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🎧 浜田山の話 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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和染の大家である木村和一氏が大森新井宿の家を引払つて井の頭線浜田山に移られた後、その改築された殆ど新築のやうな意気なお家を私は娘につれられてお訪ねした。大森からはたいへんな田舎のやうに思はれる浜田山で、青々した畑がひろがつてる中に山のやうに樹々のかたまり繁つたところもあり、竹籔もあり、農家が樹のかげにすこし見えたりしてまことに閑静な土地と思つた。空気の新鮮さは信濃の追分あたりを歩いてゐる時のやうで、しみじみ胸に浸み入る感じだつた。この村に自分が越して来ようとはその時少しも考へなかつたが、さて一年ばかりのうちに時勢がひどく悪化して空模様は不安になり、警報が朝から夜まで幾たびも鳴りひびいて、のんきな私も落ちついてゐられなくなつた。ちやうどその時分に娘がまた木村さんをお訪ねして、ぢき近いところに小さな売家があると伺つて来たので、私たちは相談の結果その家を見に行つた。

「この家を買ひませう」と私が即座に言つたのは、気のながい私にしては不思議な事であつたが、さうした廻り合せで私は二十余年住みなれた大森を出て来たのである。殆ど硝子張りといつたやうなアトリエ風の小家で、雨戸や畳もなく壁はテツクスだから、雨かぜの夜は武蔵野のまん中で野宿して濡れしほたれてゐるやうな感じもしたが、私はわりに気らくで、一二年もすればまた大森の家に帰れる、これは疎開の家だといふ風に考へてゐた。浜田山といつても別にどこにも山があるのではなく、ところどころに椎や樫の大樹がしげつて、それが空を被うて山のやうであつた。この土地は開けるのがわりに遅かつたから古い樹々も竹籔も伐られずにゐたのだと思はれる。駅から西にあたつて三井グラウンドのひろびろと青い芝生があり、白ペンキの低い木の柵がめぐらされて何時も明るい清潔な感じを見せてゐる。駅の東の方にやや遠く、広い草原があり、松の大樹が無数にそびえ立つて、松の根もとをうねる細みちにはひる顔の花が咲いたりして、美しい松山があつた。

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