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TORENDIA

深川の散歩

本文約7,200字 ・ 読了時間 約15分

あらすじ(AIが作成しました)

中洲の病院に通う著者は、清洲橋を渡り深川の町を散策する。震災後の復興で都市の景観が変貌する中、伝統的な芭蕉庵址や伝統を保つ長屋に江戸の面影を見出し、かつてこの地で隠遁した俳人・夜烏子の姿を偲ぶ。一方で、セメント造りの橋や新道路といった文明の波が押し寄せる現代の風景にも目を向け、旧時代の審美観からの脱却と新しい時代の深川の姿を綴る。

永井荷風

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中洲の河岸にわたくしの旧友が病院を開いていたことは、既にその頃の『中央公論』に連載した雑筆中にこれを記述した。病院はその後箱崎川にかかっている土洲橋のほとりに引移ったが、中洲を去ること遠くはないので、わたくしは今もって折々診察を受けに行った帰道には、いつものように清洲橋をわたって深川の町々を歩み、或時は日の暮れかかるのに驚き、いそいで電車に乗ることもある。多年坂ばかりの山の手に家する身には、時たま浅草川の流を見ると、何ということなく川を渡って見たくなるのである。雨の降りそうな日には川筋の眺めのかすみわたる面白さに、散策の興はかえって盛になる。

清洲橋という鉄橋が中洲から深川清住町の岸へとかけられたのは、たしか昭和三年の春であろう。この橋には今だに乗合自動車の外、電車も通らず、人通りもまたさして激しくはない。それのみならず河の流れが丁度この橋のかかっているあたりを中心にして、ゆるやかに西南の方へと曲っているところから、橋の中ほどに佇立むと、南の方には永代橋、北の方には新大橋の横わっている川筋の眺望が、一目に見渡される。西の方、中洲の岸を顧みれば、箱崎川の入口が見え、東の方、深川の岸を望むと、遥か川しもには油堀の口にかかった下の橋と、近く仙台堀にかかった上の橋が見え、また上手には万年橋が小名木川の川口にかかっている。これら両岸の運河にはさまざまな運送船が輻輳しているので、市中川筋の眺望の中では、最も活気を帯び、また最も変化に富んだものであろう。

或日わたくしはいつもの如く中洲の岸から清洲橋を渡りかけた時、向に見える万年橋のほとりには、かつて芭蕉庵の古址と、柾木稲荷の社とが残っていたが、震災後はどうなったであろうと、ふと思出すがまま、これを尋ねて見たことがあった。

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