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TORENDIA

梅にうぐいす

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

ある日、料理の材料の取り合わせについて尋ねる一人の女流歌人と対話をする。歌人は「梅にうぐいす」という取り合わせを陳腐だと主張するが、作者はそれを否定する。うぐいすが梅に止まるのは事実であり、調和を求めた結果であると説き、表現における真実の追求と調和の重要性について論じる。創作や仕事における固定観念を見つめ直し、自身の目で真実を感じ取ることの意義を説く一編。

北大路魯山人

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🎧 梅にうぐいす / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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ある日……なんでもわたしの話はある日である。何月、何日といわねば気に入らぬひとがあったら、なんでもある日で片付けるわたしの話は気に入らぬかもしれぬが、わたしはつまらんことは一切覚えないことにしている。だからある日である。

ある日のこと、わたしは一人の歌人と話をした。名はいわぬ、というより忘れた。名まで覚えてありがたがるほどの歌人は稀にしかいないものだ。稀にだっていればこんなありがたいことはないが、まあ日本に一人いるか二人いるかくらいなものだろう。

さて歌人だが女のひとである。長身で化粧をしない顔は、いくぶんやせてはいるが、わたしからなにかを聞き出そうとして一生懸命になっているらしい。

「先生、先生はまず材料だとおっしゃいますが、そのお話はよくわかりました。ではその材料の取り合わせでございますが、そのことについてお伺いしとうございます」

わたしは、このひとは歌人だから、歌の話に寄せて説明すればいいだろうと考えた。

そこで、

「あなたは歌を作られるそうだが、どうですか、まあ歌のことから考えてみてください。うぐいすの歌を作ろうと思われたら、いや作りたい時に、うぐいすにはなにを配しますか」

歌人はつつましく、ハンカチをひねくりまわしつつ、ちらりとわたしを見ていう。

「うぐいすの歌でございますか」

「さよう、あのホーホケと啼くうぐいすのことですよ」

歌人はつつましく笑う。

なにがおかしいのかわたしにはわからぬが歌人は笑う。大ていの女のひとというものは、おかしくなくとも、なにかいわねばならぬ時には笑うものだと思っているから、別にわたしが笑われたと思っていないが、この歌人も女の例にもれずホホと笑った。まさかうぐいすの真似ではあるまい。

「あの、うぐいすの歌を作ると申しましても、それはいろいろございますわ、ホホ」

ここでまた歌人は笑う。女のひとはいくつですかと聞かれると、大ていホホホと笑う。いいお天気ですね、といってもホホホと笑う。そんなに楽しいかというとそうではない。楽しくなくとも笑うものらしい。

わたしはそこで、

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