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TORENDIA

金華山

本文約6,600字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

上野公園の新緑に送られ、鹽釜神社を訪れた筆者は、東北第一の社とされるその地で安産の守札を求める。かつて伊達政宗が漁村を港へと変え、運河を開き繁栄させた鹽釜から、さらに汽船で金華山へ向かう。黄金山神社のあるその孤島は、猿や鹿が生息する別天地である。筆者は山頂の龍藏權現からの眺望を堪能し、帰路の船中で同乗した人々の人間模様や、宗教的な旅の喧騒、そして人生の無常観を綴る。

大町桂月

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🎧 金華山 / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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上野公園の新緑に送られて、來て鹽釜神社に詣づれば、祠側の鹽釜櫻、笑つて我を迎ふ。一株の老櫻、倒れむとして、また起つ。八重の瓣内に葉を出すこと、他に比類なし。海内たゞ一本の珍木と、もてはやさるゝもの也。祠は鹽釜町外れの丘上にあり。古檜老杉欝として、百餘級の石磴を夾む。祠宇宏壯、おのづからこれ東北第一のやしろ也。安産の守札世に名高し。親戚の女に孕れるものあり。その母われに囑して、鹽釜に行かば安産の守札うけて來てくれよと云ひけるまゝに、五枚ばかり買ひぬ。一枚の紙片、よく幾千萬の産婦をして、安心せしめたりけむ。世に醫藥のみが病をなほすと思ふものあらば、とんでもなき間違ひ也。病を起すも氣也、病をなほすも亦氣也。加持祈祷、守札、百度參りなど、その効幾んど醫藥に下らず。かの迷信を排斥するだけの智識ありて、死生の間に超脱する丈の悟道なき一知半解の徒、一朝重き病に罹れば、みづからもだえて死するこそあはれなれ。

鹽釜町のまんなかに、釜神社あり。鹽土老翁を祀る。祠側に四個の古釜を置く。圍ありて見るべからず。社務所に一錢投ずれば、扉ひらき、釜あらはる。傳ふらく、上古、鹽土老翁この浦に下りて、民に鹽を燒くことを教へし時、用ゐしもの即ち是れなりと。

釜神社と一町ばかり隔たれる處、民家の裏に牛神社といふ小祠あり。祠前の小池の中に牛石ありて、牛の形をなすと云へど、水多くして石見えず。傳ふらく、鹽土老翁が鹽を燒きし時、つかひし牛なりと。釜もなほあやしきに、牛石に至つては、滑稽の極也。

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