咸臨丸その他
本文約3,800字 ・ 読了時間 約8分
あらすじ(AIが作成しました)
咸臨丸による日本人初の手による北太平洋横断の航海を軸に、蒸気船による太平洋横断航路の歴史と、その考証過程を綴る。幕末の幕府軍艦咸臨丸の渡航の史実を整理しつつ、当時日本や他国が購入した汽船の実態、慶応年間に開始された太平洋定期航路の真相を、福沢諭吉の記録や先行文献の検討を通じて明らかにする。本作は、歴史上の断片的な事実を丹念に掘り起こし、近代交通網の発展と資本主義的世界市場の形成過程を重層的に描く。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
太平洋をはじめて汽船が横断したのは――といった問題を、ひと頃しきりに調べたことがあった。といったのでは、呑気とも好奇とも思われようが、いったい考証というようなものは、前後の問題から切離してみたら、まったく気狂じみたはなしである。
ところが、おかしなもので、はじめはある重要な歴史的関連を明らかにする目的から、――たとえば、この場合では幕末の日本開国を、米国の手で行わせる上に一つの役割をしたのが、横断太平洋汽船航路問題である――ということを明らかにする目的から、太平洋定期航路の発生をしらべはじめてみると、行掛り上その船名や、トン数やといった、いわばどうでもいいようなことがらまで気になってくる。
だが、それでもまだ純粋に好奇的な考証趣味におちこんでしまったとは、かならずしもいえまい。
たとえばある文献に最初の横断太平洋定期就航船は一八六五年(慶応元)で船は米国の太平洋郵船会社の「コスタリカ」、「ニューヨーク」、「オレゴニアン」、「ゴールデン・エージ」のうちのどれかだ、と書いてある。
第二の文献には船名を挙げないで一八六七年にサンフランシスコから横浜に向ったとあり、第三の文献をみると、一八六七年の元旦にサンフランシスコを出て二十二日目に横浜に着いた「コロラド」がそれだとある。
こうなってくると、いったいどれが正しいのか確定したい、ということになってくる。
資料価値の検討、その他々々といろいろ試みるに従って、いつかしら定期航路といわず、およそはじめて太平洋を横断した船は何だ? というふうなことになって困るなと思いながら、そのくせ何とか納得がゆくまではいつまでもへんに頭の隅っこにこびりついてぬけない。いつのまにか問題の出発を忘れて、一見つまらないことに、それ自体のために、せんさくを試み出している。