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TORENDIA

清涼飲料

本文約2,000字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

日劇の舞台演出の打ち合わせを機に、大正時代のカフエーの情景を回想する。三ツ矢サイダーやラムネなど、当時親しまれた清涼飲料の記憶を辿りつつ、アメリカから渡来した当時のコカコラの独特な味や、戦前と戦後で変化した広告デザイン、色彩感覚について考察する。飲料や商品のパッケージを巡る記憶から、アメリカ文化の変容にまで論を広げ、戦争が文化に及ぼした影響について私見を綴る随筆である。

古川緑波

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🎧 清涼飲料 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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九月の日劇の喜劇人まつり「アチャラカ誕生」の中に、大正時代の喜歌劇(当時既にオペレットと称していた)「カフエーの夜」を一幕挿入することになって、その舞台面の飾り付けの打ち合せをした。

日比谷公園の、鶴の噴水の前にあるカフエー。カフエーと言っても、女給のいる西洋料理店の、テラスである。

となると、誰しもが、当時そういうところには必ず葡萄棚が出来ていて、造花の葡萄が下っていたり、季節によっては藤棚になったりしていたもんだねえ、と言い合った。そして、その棚からは、季節におかまいなしに、岐阜提灯が、ぶら下っていた。岐阜提灯には、三ツ矢サイダー、リボンシトロンなどの文字が見えた。

「金線サイダーってのがあったな」

誰かが言った。そうそう、金線サイダーってのは、相当方々で幅を利かしていたっけ。清涼飲料、何々サイダーという広告。

清涼飲料という名前は、うまいなあ。如何にも、サイダーが沸騰して、コップの外へ、ポンポンと小さな泡を飛ばす有様が浮んで来るようだ。

清涼飲料にも、いろいろあった。と「カフエーの夜」から、思い出が又拡がった。

金線サイダーも、リボンシトロンも、子供の頃からよく飲んだ。が、やっぱり一番勢力のあったのは、三ツ矢サイダーだろう。

矢が三つ、ぶっ違いになっている画のマークは、それに似たニセものが、多く出来たほどだった。

その頃、洋食屋でも、料理屋でも、酒の飲めない者には必ず「サイダーを」と言って、ポンと抜かれたものである。

ビールや、サイダーに、「お」の字を附けたのは、何時の頃からであろうか。

三ツ矢サイダーの他に、小さい壜の、リボンラズベリーや、ボルドー、リッチハネーなんていうのもあった。が、それらの高級品よりも、われら子供時代の好みは、ラムネにあったようだ。

ラムネを、ポンと抜く、シューッと泡が出る。ガラスの玉を、カラカラと音をさせながら転ばして飲むラムネの味。

やがて、僕等が中学生になった頃だと思うんだが、コカコラが、アメリカから渡来したのは。

いまのコカコラとコカコラが違った。

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