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TORENDIA

その日のこと〔『少女』〕

本文約570字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

訃報を受け取った自分と安倍、山口の三人は、大井の留守宅へ向けて自動車で走る。大井を生き返らせてくれるかもしれないという奇妙な期待を安倍に寄せる自分は、安倍の留守を耐えがたく感じ、その存在に強くすがりつく。自動車の出発を見送る中で募る心細さと不安を抱えながら、安倍への複雑な心情や周囲の様子を書き綴る。追憶文として整理しきれない自身の筆の進まなさを吐露し、その日の出来事と揺れ動く内面を振り返る物語である。

牧野信一

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🎧 その日のこと〔『少女』〕 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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自動車の中で、自分は安倍さんの左側に腰掛けた。自分の左には山口さんが居た。三人は訃報を持つて大井さんの青山の留守宅に走つてゐるのであつた。「安倍さんどうしたらいゝでせう。「――自分の心の中は、たつたそれだけのことで埋つてゐた。安倍さんに頼んだら、大井さんを生き返して呉れるかも知れない、――と自分は実際その時そんなことを思つてゐた。嘘のやうだけどほんとうにそんなことを考へた。だから自分は、安倍さんが逗子へ行つてゐる間は、何だか力強いやうな気がしてならなかつた。夕方、安倍さんの乗つた自動車が社を出発するとき、自分は暫くその側を離れなかつた。さうしてその周囲をグル/\と廻つた。

「ぢや君、もう少したつてまた青山の方へ行つてゐて呉れ……」

「……」自分はたゞ黙つて肯づいた。「意気地がないぞ。」と自分を叱つた。安倍さんの留守の間が堪へられないやうな気がしたのだ。扉が閉つて硝子越しになつてから、自分は安倍さんの腰掛けてゐる方の側へ行つて立つた。安倍さんの声は聞えなかつたが、自分は扉の外に立つたまゝ、酷く感傷的な心細い気持になつて安倍さんの方を見てゐた。

やがて支度が整つて――自動車は速かに角を曲つた時、「大丈夫だ。」と自分は呟いた。

――――――――――

もつと、整然として追憶文を書きたいのであるが、筆、頓に進まず自らを愧づる次第である。

(三月十八日)

完

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