琵琶湖の水
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あらすじ(AIが作成しました)
琵琶湖への排尿により水嵩が増すという理論を例に、物事を数量的観念で捉える重要性を綴る。著者は、極微な変化を無視し、蒸発量や規模を考慮せずに小規模な対策を講じる為政者の思考を批判する。戦争中の防火用砂の配布や原始林の薪への転用、非効率な開墾政策といった具体的な事例を挙げ、算術や科学的根拠を軽視する政策の誤謬を論じ、定量的な判断力を持たない政治家が国策を左右することへの危惧を表明する。
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初めから汚い話で恐縮であるが、琵琶湖へ小便をしたら、水嵩はどれだけ変るかという問題がある。
これは一寸面白い問題であって、日本の政治家ならば、大抵の人は「どれだけかというくわしいことは技術者に計算させればすぐわかるが、とにかく極めて少量ではあるが、小便の分量だけは水嵩が増す」と答えるであろう。如何にもそのとおりのように聞える。しかしこれが一番の愚答なのである。
琵琶湖の面積は六七〇平方キロ余りある。一回の小便の量を計算に便利のために、約六七〇立方センチとする。少しくらいこれより多くても少なくても、結論にはかわりはない。これだけの水量が加わるとすると、六七〇立方センチを六七〇平方キロで割った数だけ水嵩が増すことになる。それならば「極めて少量ではあるが幾分は水嵩が増す」という答でいいではないか、ということになりそうである。しかしそう簡単には言えないので、こういう場合に、何か返答をしようと思ったら、割算をやってみなければならない。
その割算は極めて簡単である。
最初の零を入れて、零が十二つく。これを便宜上1×10-12メートルと書く。センチに直すと1×10-10センチとなる。言葉でいえば百億分の一センチである。「一センチの百億分の一だけ水嵩が増す」という答が馬鹿げていることは、誰にもすぐわかるであろう。そういう極微の量はどうにでもなるものであって、例えば湖面からの蒸発量などにくらべても、問題にならない量である。
蒸発量は天候によって広い範囲に変ることはもちろんである。大ざっぱにみて、毎日の気象台で測られている蒸発量の平均を、一ミリ余りとみる。湖面からの蒸発は、陸上で蒸発計で測られる値の八割くらいとみられるので、話を簡単にするために、一日に一ミリ蒸発するとする。これは非常に少なくみての話である。しかし僅か一日一ミリの蒸発でも、さっきの百億分の一センチとはひどいちがいである。小便をするには、時間がかかる。それを三十秒かかったとすると、その三十秒間の蒸発量は