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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約11,700字 ・ 読了時間 約24分

あらすじ(AIが作成しました)

両国の軽業小屋で綱渡りの太夫がつばめが舞台から転落し負傷する事件が発生する。町奉行所の錢形平次は、綱が故意に切られた疑いを抱き、一座の関係者の動向や過去の不審な事故を調査する。調査を進める中で、平次は綱を切ったのが座員の少年与吉であり、その背後には亡き夫の復讐を遂げようとする母お高の存在があることを見抜く。平次は全ての真相を解明するが、お高が娘を献身的に介抱する姿を見て、その罪を公にせず事件を終息させる。

野村胡堂

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一

「いやもう、驚いたの驚かねえの」

八五郎がやつて來たのは、彼岸過ぎのある日の夕方、相變らず明神下の路地一パイに張り上げて、走りのニユースを響かせるのでした。

「何を騷ぐんだ、ドブ板の蔭から、でつかい蚯蚓でも這ひ出したといふのか」

平次は晝寢の枕にしてゐた、三世相大雜書を押し退けると、無精煙草の煙管を取上げます。

「そんな間拔けな大變ぢやありませんよ、いきなり頭の上から、綺麗な新造が降つて來たらどうします、親分は?」

「へエ、不思議な天氣だね、三世相にも今年は新造や年増が降るとは書いてなかつたが」

「兩國の輕業小屋ですよ、綱渡り太夫、此間から江戸中の人氣を沸ぎらせてゐたつばめ太夫といふ、若くて綺麗なのが蜀紅錦の肩衣で、いきなり天井から落ちて來て、あつしに噛り付いたとしたらどんなものです」

「怪我は無かつたのか」

「腰のあたりを打つて目を廻しましたがね、幸ひ命に別條は無いさうですが、その時は全く驚きました」

「まるで粂の仙人の逆を行つたやうなものだ。下で口をあいて眺めてゐる、八五郎の男つ振りに氣を取られて、思はず綱を踏み外したといふか」

「冗談ぢやない、綱が切れてゐたんですよ、三間以上も高い綱の上から落ちて、死ななかつたのは不思議な位のもので――」

「綱が切れてゐた? 綱渡りの綱は滅多に切れるものぢやねえが」

平次は此事件から、早くも何やら腑に落ちないものを見出したのです。

「樂屋の天井の、綱の結び目に、刄物が入つてゐたんだから、切れても不思議はありませんよ」

「誰がそんなことをしたんだ」

「そいつがわかれば、其場で縛つて來ましたがね、皆んな神妙な顏をしてゐるから、疑ひの持つて行きやうがありません。ことに座頭の天童太郎の女房お崎などは、大金の掛つた大事の太夫に、そんな惡戯をするのは放つちや置けない、此場で縛つてくれたら、三枚におろして、酢味噌で食はうと言つた勢ひでしたよ」

「そんな時は、一番荒つぽい事を言ふ奴が一番怪しいものだ、天童太郎の女房は何處に居たんだ」

「あつしもそれは氣がつきましたが、詮索する迄もなく、表看板の下で、囃子の三味線を彈いてゐたんだから、疑ひやうはありません」

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