錢形平次捕物控
本文約14,200字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
春の朝、八五郎が明神下の平次を訪ね、石川屋権右衛門の不可解な死について相談する。権右衛門は橋の下の小船で遺体となって発見され、死因は頓死とされたが、現場に残された釣針に不自然な形で鯉が掛かっていたことに娘のお梅は疑念を抱いていた。この事件の背景には、金と愛憎が複雑に絡み合っていた。平次は周囲の人物を調査し、巧妙なトリックを暴くべく動き出す。
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一
「お早やうございます」
花は散つたが、まだ申分なく春らしい薄靄のかゝつた或朝、ガラツ八の八五郎は、これも存分に機嫌の良い顏を、明神下の平次の家へ持込んで來ました。
「大層寢起きが良いな、八。挨拶だつて尋常だし、月代だつて、當つたばかりぢやないか、何つかに結構な婿の口でもあつたのかえ」
平次は煎餅になつた座布團を滑らしてやつて、ぬるい茶を注いでやつたりするのです。
「婿の口はありませんが、岡惚れの口がありますよ。新色と申し上げてえが、まだ當つて見たわけぢや無いから」
「ヌケヌケした野郎だ」
「これから脈を引いて見るんだから、挨拶だつてぞんざいぢや惡いし、月代位は當つて置かなきア――」
「元金が掛らねえことばかり考へてやがる、――ところで、その新惚れてえのは何處のお乳母さんだえ」
「へツ、イキの良い人間の新造ですよ、親分」
「當り前だ、おコンコンの化けた新造だつた日にや、第一俺が不承知だ」
「ま、はぐらかさないで、聽いて下さいよ、斯ういふわけで」
「大層改まつたね」
でも、平次は神妙に、八五郎の話を聽く氣になりました。何んか深いわけがありさうな氣がしたのです。
「昨日向島で散々毛虫を眺めて」
「そんなものをわざ/\眺めに行つたのか」
「葉櫻見物ですよ、――櫻の葉つぱなんか見たつて面白かありませんが、歸りに一杯飮ませるからと、原庭の仙吉の野郎が言ふから、橋場の渡しを越えて向島を眞つ直ぐに、枕橋を渡ると、いきなりつれ込んだのは、中の郷の茶店ぢやありませんか。澁茶に團子ぢや少し話が違ふと思つたら、あつしを待つて居てくれたのが、その可愛らしくて利口さうでお品の良い、出來たての新造とわかつて、酒や肴なんかは、どうでもよくなりましたよ」
「出來たての新造つて奴があるかえ」
「あんなのは、本當に蛹から出たばかりの蝶々のやうなもので、人間附き合ひをさせて置くのは勿體ない位」
「それがどうした」
「驚きましたよ、その娘といふのは、本所八軒町で名題の大分限、石川屋權右衞門の一人娘お梅さんといふんだ相で」