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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約15,500字 ・ 読了時間 約32分

あらすじ(AIが作成しました)

湯島の天神様近くの民家で、毎朝不審な物が二階の縁側にさらされる。捕り物の名人・銭形平次は、その不思議な判じ物を娘の命がけの助けを求める合図と見抜き、隠された背景を追う。一方、庄司家の若様・林太郎が行方知れずとなり、用人の堀周吉が奸計を巡らせ家督を乗っ取ろうと画策していた。平次は周吉の罠を暴き、林太郎と組を救い出し、一連のお家騒動に終止符を打つため立ち上がる。

野村胡堂

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一

「親分、變なことがあるんだが――」

ガラツ八の八五郎が、少し鼻の穴を脹らませて入つて來ました。

「よくそんなに變なことに出つ逢すんだね、俺なんか當り前のことで飽々してゐるよ。借りた金は返さなきやならないし、時分どきになれば腹は減るし、遊んでばかりゐると、女房は良い顏をしないし」

錢形の平次はさう言ひ乍ら、せつせと冬仕度の繕ひ物をしてゐる戀女房のお靜の方をチラリと見るのです。

まア――隨分、と言つた顏をお靜はあげましたが、また例の八五郎を遊ぶつもりの冗談と判ると、素知らぬ顏をして、縫物の針を動かしました。名殘りの虻が障子に鳴つて、赤蜻蛉の影が射しさうな縁側に、平次は無精らしく引つくり返つて、板敷の冷えをなつかしんでゐる或日の午後のことです。

「だが、こいつは變つてゐますよ親分」

「前觸れはそれくらゐにして、なんだいその變つてゐるのは」

八五郎の物々しい調子に釣られて、平次もツイ起き直りました。

「今朝、湯島の天神樣にお詣りをして、女坂の上から、ぼんやり下谷の方を眺めてゐると、ツイ二三十間先――家の數にして五六軒目の二階の縁側に出してある行燈が、戌刻半(九時)過ぎだといふのに明々と灯が入つてゐるぢやありませんか」

「消し忘れたんだらう」

ガラツ八の報告も、平次に註を入れさせると、何んの奇怪味もありません。

「ところが親分、念のために、ツイ今しがたもう一度行つて見ると、行燈の灯がまだ點いてゐるのはどうでせう」

「フーム」

「朝消し忘れた行燈が、油も注さずに申刻(四時)近くまで點いてゐる道理はありません。變ぢやありませんか、親分」

「成程さう言へばその通りだが、――近頃なんか、そんな禁呪が流行るのかも知れないよ。歸りにそれとはなしに、どんな人間が住んでゐる家か訊いて見るが宜い。如才もあるまいが、その家へ飛込んで訊いちや打ちこはしだよ」

「やつて見ませうか」

その話はそれつきり忘れて、ガラツ八が歸つたのは日が暮れさうになつてから。

翌る日。

「親分、どうも益々變ですよ」

八五郎のキナ臭い顏が飛込んだのはまだ朝のうちでした。

「晝行燈はなんの禁呪と解つたんだ」

平次も少しばかり眞面目になります。

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