本文へ移動
TORENDIA

備前焼

本文約460字 ・ 読了時間 約1分

あらすじ(AIが作成しました)

絵も釉薬も持たぬ備前焼の美しさは、ひとえに土そのものの類なき味わいと、火と土の微妙な関連からくると説き、今の陶芸家の腹芸の乏しさを嘆く北大路魯山人の陶芸論。

北大路魯山人

速度
🎧 備前焼 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 1

陶器は絵の描かれたものが大部分である。ところが、少数ではあるが、絵の描いてない陶器が日本には縄文、弥生や、陶器とは言えないが埴輪がある。これらに類似して、なんら絵をほどこさず、しかも、釉も掛けない陶器に備前焼がある。無釉陶の中でも、群を抜いて美しいのが、この備前焼である。古備前を見ても、またどんな陶器を見ても、人と時代の力で、秀れた陶器を数多く見るが、この備前焼の特徴は、なんと言っても、土そのものが世界に類なきものである。

土に変化があり、味わいがある。備前は火と土の微妙な関連によって、間然するところなき美をもたらす。

渋い奥行きのある色は、単なる手芸の域では、もはや出すことはできない。一にかかって作家の芸術的才能の問題である。

晩成期の仕事とされるこの備前焼は、腹芸そのものが、秀れた美を生む源泉となるのである。

この腹芸をすっかり失っている今の陶芸作家には、二、三を除いては、的確な陶器思考などあるはずもなく、わからず屋同士が、他愛もなく、その日暮しにおのずと酔生夢死を待つばかりという体たらくである。(昭和二十八年)

完

北大路魯山人の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本