笛吹川の上流(東沢と西沢)
本文約4,700字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
子酉川の上流に位置する東沢と西沢の険しい渓谷美と、その遡行路を綴る。広瀬から雁坂峠方面へ進み、鶏冠山を望む奥深い森林地帯へ分け入る道筋や、石塔尾根から国師岳へ至るルート、東沢沿いの難所である鬚摩や広河原の状況を詳述する。渓谷の美しさと遡行の困難さを論じ、適切な季節選びの重要性を説く。さらに西沢の遡行の難しさや、地域住民の伝聞を交えつつ、甲武信岳や梓山へ至る山行の実体験を紹介する。
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笛吹川は秩父街道最奥の部落である広瀬附近から上流になると子酉川と呼ばれている。広瀬から稍や爪先上りの赤土道を、七、八町も行くと、原中に一本の大きな水楢か何かの闊葉樹が生えている側で路が二つに岐れる。右は雁坂峠へ出るもので、今は峠ノ沢の製板業が盛になった為に、板を運搬するトロッコの鉄路が通じている。左に沿うて下り気味に辿って行くと雁坂峠から発する峠ノ沢の下流(下股)を渡って、河成段丘であるらしいバラ平なる原を通り抜け、山の裾を横に搦みながら少し上り始めると闊葉樹林が繁り出して来る。深い深い子酉川の上流東沢西沢の大森林は、茲に漸く其端緒を開いて、昼も薄暗い青葉の奥から、怪奇と雄大とを極めた子酉川の水が声を揚げて落ち来るのを左手の脚の下に瞰むようになる。此処から眺めた鶏冠山は、半腹以下は樹林に埋められ、胸から上は岩骨を曝露して見るから凄い光景を呈している。間もなく水のあるナレイ沢を瀑の上で横切ると路が二つに岐れる。左を取って下ると子酉川の河原に出る。粗末な小屋が川に面して建てられているが、路は茲に尽きている。之は岩魚釣の小屋であるらしい。小屋から其儘四、五町許り河身を遡っても、水さえ深くない時ならば楽に西沢の合流点に達することが出来る。
此処で奥千丈山塊から東北に派出された所謂芦毛山脈の突端と、木賊山の東峰から南に派出された尾根の突端とが、まるで袋の口を括ったように南北から迫り合って、危く子酉川の上流を堰き止めている。そして国師岳から東北に延びた甲信国境の山稜からも狭い急な尾根が正東に派出されて、子酉川の上流を南北の二大支流に分つのである。此尾根は石塔尾根と称するもので、南は即ち西沢北は即ち東沢である。此処を二股と称する。