銭形平次捕物控
本文約14,200字 ・ 読了時間 約29分
あらすじ(AIが作成しました)
宇津谷峠で奪われた幕府の御用金五千両の行方を探すため、捕物名人の銭形平次が立ち上がる。かつての兇賊仲間たちが江戸で再会し、隠された財宝を狙うとの情報がもたらされる。平次は手掛かりを頼りに、大舟町に関わりのある人物を追跡し、稲妻小僧の六と呼ばれる女賊と対峙する。鮮やかな推理と十手さばきで事件の真相に迫り、奪われた小判の所在を突き止めていく過程を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「親分、退屈だね」
ガラッ八の八五郎は、鼻の穴で天文を観るような恰好を取りました。
「呆れた野郎だ。小半日空を眺めて欠伸をしていりゃ、猫の子だって退屈になるよ。庭へ降りて来て手伝いな。跣足になると、土が冷やりとして、とんだいい心持だぜ」
平次はそう言いながら、せっせと植木鉢の世話をしております。
青葉と初鰹と時鳥で象徴される江戸の五月は天気さえよければ、全く悪くない心持でした。いきなり飛出して、母なる大地の膚に、跣足で触れる快さは、人間のもつ一番原始的な素朴な望みだったかもわかりません。
だが、八五郎は違います。
「そいつはあんまり粋な恰好じゃないぜ、親分」
若い親分平次の、尻を端折った後ろ姿を眺めて、八五郎はニヤリニヤリと笑っているのでした。
「粋事で植木の世話をする奴があるものか。日向へ寝そべって、お先煙草を一と玉煙にする野郎だって、大した粋じゃあるめえ。煙草は構わねえが、縁側を焼跡だらけにするのだけは遠慮するがいい。店賃がキチンキチンと入ってないから、大家へ気の毒でならねえ」
「ヘエ、――親分でも店賃を溜めるんで? ヘエ――」
「何を感服仕るんだ。岡っ引が店賃を溜めりゃ、お上から御褒美でも出るって言うのかい」
「ヘエ、――驚いたね。二三百両持って来てやりてえが、あっしも、今月はやり繰りが付かねえ」
「馬鹿野郎、人の店賃の世話より、手前の小借りでも返す工夫をしやがれ。二三百両ありゃ、角の酒屋の借りぐらいは返せるだろう」
「ありゃ、一貫六百で、親分」
「六百でも一貫でも借りは借りだ。十手なんか突っ張らかして半端な借りを拵えると、町内の鼻ッつまみになるぞ」
「ヘエ――」
ガラッ八は、まさに一言もありません。
「まア、そんな事を、人様が聞くと笑いますよ」
女房のお静は濡れた手を拭きながら、顔を出しました。その後ろから、ニコニコした顔を覗かせたのは、石原の利助の娘――娘御用聞――といわれたお品です。お静とあまり年は違いませんが、いつまで経っても世帯擦れのしない、初々しいお静の女房振りに比べて、出戻りで理智的で、確り者らしいお品は、美しさに変りはなくとも、二つ三つ老けて見えるのも是非のないことでした。