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TORENDIA

ペンクラブと芸術院

本文約4,400字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

島崎藤村の逝去後、戦争末期にペンクラブ会長を務めた著者が、当時のクラブ運営を回想する。情報局の意向に迎合する他団体とは異なり、無気力に何もしないことでクラブを汚さずに維持した自らの姿勢を振り返る。また、現在の芸術院会員としての活動や、芸術院会館建設費のために揮毫した際のエピソードを通じ、過去の役職と現在の義務、そして自身の人生観を綴る。

正宗白鳥

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🎧 ペンクラブと芸術院 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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今秋ペンクラブの世界的大会が日本で開催されるのである。それについて、私は昔の微々たるペンクラブ発生の頃を思出した。私は島崎藤村逝去後にペンクラブの会長に推薦され、終戦まで一年ばかりその名誉ある地位に身を置いていたのである。私が会長になるなんて可笑しな事なんだが、確かに会長であった。会員中の有力者が会合のたびに会の運転について意見を述べて、私は殆ど盲従していたのに過ぎず、甚だ権威が無かったが、兎に角会長の席に就いていた筈だ。

島崎藤村は、しんねりむっつりであっても、私とちがって貫禄があった。大倉喜七郎が藤村崇拝で、藤村に物資的援助をしていたが、藤村はその与えられた金をそっくりペンクラブに寄附していたので、それだけでも、藤村はクラブで重きをなしていた筈だ。一度藤村は、築地の料亭に大倉を主賓として、当時は珍重されていた白米と鮮魚の料理をペンクラブ会員一同に振舞ったこともあった。藤村はアルゼンチンのペンクラブに日本のクラブの代表として出席したこともあった。それに比べると、私の会長振りは見窄らしくて、有れども無きが如くであった。

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