本文へ移動
TORENDIA

青竹

本文約14,600字 ・ 読了時間 約30分

あらすじ(AIが作成しました)

慶長六年の佐和山城、本多忠勝と井伊直政は関ヶ原の戦いを回顧する。忠勝は、敵将・阿多盛淳を討ち取った際、竹槍を用いていた余吾源七郎の戦いぶりを鮮明に記憶していた。実直で無口な源七郎は、自身の功名に執着せず、淡々と職務を遂行する。かつて自身の増上慢から縁談を断り、その女性を亡くした過去を抱える源七郎は、亡き人を想い続け、生涯独身を貫く覚悟を語る。竹のように清廉に生きる武士の矜持と、秘めたる追慕の情を描く。

山本周五郎

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 21

一

慶長六年の夏のはじめ、近畿地方の巡察を命ぜられた本多平八郎忠勝は任をはたした帰途、近江のくに佐和山城に井伊直政をたずねて数日滞在した。ふたりは徳川家のはたもとで酒井榊原とともに四将とよばれ、いく戦陣ともに馬をならべて戦ってきたあいだがらである。一日は琵琶湖に舟をうかべて暮し、あくる日は伊吹の山すそで猪狩りをした、また鈴鹿の山へ遠駆けをして野営のいち夜にむかしを偲んだりもした。心たのしく、こうして四五日をすごしたのちいよいよ明日しゅったつというまえの夜だった。城中で催された別れの宴がようやくさかんになりはじめたとき、忠勝がふと思いだしたというようすで、

「関ヶ原のおりに島津軍の阿多ぶんごを討ちとめた若者はこの席に出ているか」とたずねた。直政はちょっと返辞ができなかった、忠勝のいうその若者が誰だかわからないからである、それでかれは話題をはずして答えた、「阿多豊後という名を聞くと島津惟新を討ちもらしたことを思いだす、もう一歩というところだった、まことおれのこの手で入道の衿がみをもつかむところだった」「まったく、おぬしとはずいぶん戦塵をあびてきたが、あれほどすさまじい合戦はみかたが原いらいであろう」話は関ヶ原のことに集った。

山本周五郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本