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TORENDIA

赤ひげ診療譚

本文約23,400字 ・ 読了時間 約47分

あらすじ(AIが作成しました)

小石川養生所の医師・新出去定は、ある夜、伝通院の溝で傷を負い倒れていた若者・角三を救い上げる。角三は長屋の立ち退きを迫る地主との抗争で重傷を負っていた。定は身分を問わず分け隔てなく治療を施し、角三を苦しめる理不尽な状況を解消すべく奔走する。周囲の住人たちも、若者の苦境を支えようと結束し、独自の知恵で地主との対峙に挑む。困難な時代にあって、権力に屈せず弱者を守ろうとする医師の献身と、市井の人々の逞しい生き様を描く物語。

山本周五郎

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一

十二月にはいってまもない或る日の午後八時過ぎ、――新出去定は保本登と話しながら、伝通院のゆるい坂道を、養生所のほうへと歩いていた。竹造が去定の先に立って、提灯で足もとを照らしながらゆき、薬籠は登が負っていた。一人の使用人に二つの仕事を同時にさせてはならない、と去定はつねに云っている。医員たちはべつであるが、下男下女、庭番などにはこの内規が固く守られていて、これまでにも登が薬籠を背負うことは珍らしくなかったし、去定その人も例外ではなかった。

――疲れているんだな。

去定の話を聞きながら、登は心の中でそっと首を振った。去定は疲れてくると怒りっぽくなる。その日はことに病人が多く、十五カ所も診察に廻ったあとで、帰りがいつもより一刻ちかくもおくれ、疲労と空腹のためにいっそう苛立っていたらしい。「かよい療治の停止」について、役人たちの無道さを激しく非難した。

養生所の経費削減と、かよい療治の停止令が出たのは夏のことであった。そのとき去定はずいぶん抗議をしたが、結局どうにもならず、去定がその費用を負担するという条件で、かよい療治を黙認することになった。そのため去定は、従来よりも多く、大名諸侯や富豪、大商人などの依頼に応じ、その収入で削減された経費や、かよって来る病人の投薬をまかなって来たのであるが、数日まえまた養生所付きの与力から呼ばれて、「かよい療治は一切ならぬ」ということ、同時に、入所している病人でも、身内に多少でも稼ぐ者がある場合には「食費を取る」ように、ということを云われたのであった。

「富者の万燈より貧者の一燈ということがある」と歩きながら去定が続けた、「これは貧者の信心こそ仏の意志にかなうという意味らしいが、じつはまったくのたばかりだ」

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