TRENDIA CLASSIC

赤ひげ診療譚

山本周五郎

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「病人たちの不平は知っている」新出去定は歩きながら云った、「病室が板敷で、茣蓙の上に夜具をのべて寝ること、仕着が同じで、帯をしめず、付紐を結ぶことなど、――これは病室だけではなく医員の部屋も同じことだが、病人たちは牢舎に入れられたようだと云っているそうだ、病人ばかりではなく、医員の多くもそんなふうに思っているらしいが、保本はどうだ、おまえどう思う」

「べつになんとも思いません」そう云ってから、登はいそいで付け加えた、「却って清潔でいいと思います」

「追従を云うな、おれは追従は嫌いだ」

登は黙った。

「われわれの中で、もっとも悪いのは畳だ、昔はあんな物は使わなかった、水戸の光圀は生涯、その殿中に畳を敷かせなかったという、それは古武士的な質素と剛健をとうとぶためだと伝えられるが、そうではない、事実はそういう気取りだったにしても、住居のしかたとしては極めて理にかなっていた、現に畳というものが一般に使われるようになった元禄年代まで、二千余年にわたって板敷の生活が続いていたことでもわかることだ」

「敷き畳という物はあったのですね」

「それは貴人の調度であり、儀礼とか寝るときに使うだけで、板敷という基本に変りはなかったのだ」と去定は云った、「板敷がもし合理的でなかったとしたら、すでに敷き畳があったのだから、もっと早く畳というものが一般化されていたに相違ない」

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