一
十二月二十日に、黄鶴堂から薬の納入があったので、二十一日は朝からその仕分けにいそがしく、去定も外診を休んで指図に当った。保本登は麹町の家へゆく約束があり、去定から三度ばかり注意されたが、自分が出かけると、あとは去定と森半太夫の二人になってしまうため、なま返辞をするだけで、そのまま仕分けを続けていた。
午後二時の茶のとき、登は半太夫と食堂へゆき、いっしょに茶と菓子を食べた。そのとき半太夫はおゆみという狂女が危篤で、「もう十日とはもつまい」と告げた。いちじは気の狂う時間が短くなったが、ちかごろそれが逆になり、正気でいるときのほうが少なく、食欲も減退するかと思うと異常に昂進したりする。不眠が続き、発作が起こると暴れまわって、躯じゅうになま傷が絶えない。いつか縊死をしようとしたが、それから眼に見えて衰弱し、いまでは食事もとらず、意識もしだいに溷濁するばかりである、というようなことであった。
「父親というのが来たよ、昨日だったが」と半太夫は云った、「五十ばかりの痩せた、温厚そうな人だった、住所はやはり隠していたがね、――保本は先生から聞かなかったか」
登は頭を横に振った。
「ではいまでも先生だけしか知らないんだ」と半太夫は云った、「おれが会った感じでは、相当な大商人の、それも隠居といった人柄で、娘の話になると始めから終りまで涙をこぼしていた」
おゆみが狂った原因は、一人の手代のいたずらによるものだ。躰質もそうだったかもしれないが、三十男のその手代は、九つという幼ないおゆみにいたずらをし、「人に告げると殺してしまう」と威した。そんなことがあったとは知らず、ほかに不始末をしていたので、その手代は暇をだした。ずっと経って、おゆみに婿がきまり、その縁組が破談になったあと、おゆみのようすがおかしくなり始めたとき、初めてその事実がわかった。