TRENDIA CLASSIC

赤ひげ診療譚

山本周五郎

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その門の前に来たとき、保本登はしばらく立停って、番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔で胸がむかむかし、頭がひどく重かった。

「ここだな」と彼は口の中でつぶやいた、「小石川養生所か」

だが頭の中ではちぐさのことを考えていた。彼の眼は門番小屋を眺めながら、同時にちぐさのおもかげを追っていたのだ。背丈の高い、ゆったりしたからだつきや、全身のやわらかいながれるような線や、眼鼻だちのぱちっとした、おもながで色の白い顔、――ちょっとどこかに手が触れても、すぐに頬が赤らみ、眼のうるんでくる顔などが、まるで彼を招きよせでもするように、ありありと眼にうかぶのであった。

「たった三年じゃないか」と彼はまたつぶやいた、「どうして待てなかったんだ、ちぐさ、どうしてだ」

一人の青年が来て、門のほうへゆきながら、振向いて彼を見た。服装と髪のかたちで、医師だということはすぐにわかる。登はわれに返り、その青年のあとから門番小屋へ近づいていった。彼が門番に名を告げていると、青年が戻って来て、保本さんですかと問いかけた。彼はうなずいた。

「わかってる」と青年は門番に云った、「おれが案内するからいい」

そして登に会釈して、どうぞと気取った一揖をし、並んで歩きだした。

「私は津川玄三という者です」と青年があいそよく云った、「あなたの来るのを待っていたんですよ」

登は黙って相手を見た。

「ええ」と津川は微笑した、「あなたが来れば私はここから出られるんです、つまりあなたと交代するわけなんですよ」

登は訝しそうに云った、「私はただ呼ばれて来ただけなんだが」

「長崎へ遊学されていたそうですね」と津川は話をそらした、「どのくらいいっておられたんですか」

「三年とちょっとです」

登はそう答えながら、三年、という言葉にまたちぐさのことを連想し、するどく眉をしかめた。

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