赤ひげ診療譚
本文約20,200字 ・ 読了時間 約41分
あらすじ(AIが作成しました)
長崎での遊学を終えた保本登は、幕府の医員になるという志を抱きつつも、小石川養生所へ医員見習として配置される。古びた施設で、赤髯と呼ばれる医長の新出去定にこき使われる日々に不満を抱くが、過酷な医療現場の現実と、患者たちや周囲の人々との交流、さらには不穏な事件を経て、高潔な医術と人間性を持つ去定の姿を目の当たりにする。若き医者の成長と養生所での波乱に満ちた日々を描く。
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一
その門の前に来たとき、保本登はしばらく立停って、番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔で胸がむかむかし、頭がひどく重かった。
「ここだな」と彼は口の中でつぶやいた、「小石川養生所か」
だが頭の中ではちぐさのことを考えていた。彼の眼は門番小屋を眺めながら、同時にちぐさのおもかげを追っていたのだ。背丈の高い、ゆったりしたからだつきや、全身のやわらかいながれるような線や、眼鼻だちのぱちっとした、おもながで色の白い顔、――ちょっとどこかに手が触れても、すぐに頬が赤らみ、眼のうるんでくる顔などが、まるで彼を招きよせでもするように、ありありと眼にうかぶのであった。
「たった三年じゃないか」と彼はまたつぶやいた、「どうして待てなかったんだ、ちぐさ、どうしてだ」
一人の青年が来て、門のほうへゆきながら、振向いて彼を見た。服装と髪のかたちで、医師だということはすぐにわかる。登はわれに返り、その青年のあとから門番小屋へ近づいていった。彼が門番に名を告げていると、青年が戻って来て、保本さんですかと問いかけた。彼はうなずいた。
「わかってる」と青年は門番に云った、「おれが案内するからいい」
そして登に会釈して、どうぞと気取った一揖をし、並んで歩きだした。
「私は津川玄三という者です」と青年があいそよく云った、「あなたの来るのを待っていたんですよ」
登は黙って相手を見た。
「ええ」と津川は微笑した、「あなたが来れば私はここから出られるんです、つまりあなたと交代するわけなんですよ」
登は訝しそうに云った、「私はただ呼ばれて来ただけなんだが」
「長崎へ遊学されていたそうですね」と津川は話をそらした、「どのくらいいっておられたんですか」
「三年とちょっとです」
登はそう答えながら、三年、という言葉にまたちぐさのことを連想し、するどく眉をしかめた。