いさましい話
本文約36,500字 ・ 読了時間 約73分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸出身で勘定奉行として藩に赴任した笈川玄一郎は、排他的で女たちの権力が強く、江戸出身者を疎む国許の慣習に苦しむ。さらに下僚たちの反感を受け決闘を申し込まれるなど窮地に立たされるが、忍耐を重ねながら政治改革を志す。折しも自身の出生にまつわる複雑な因縁が明らかになり、かつて自身を疎んじた実父の深い後悔と愛情を知る。玄一郎は亡き父の想いを受け止め、異郷の地で己の道を切り開こうと決意を新たにする。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
国許の人間は頑固でねじけている。
――女たちがわるくのさばる。
――江戸からゆく者は三年と続かない。
江戸邸ではもうずっと以前からそういう定評があった。また事実がいつもそれを証明してきた。特に若くて重い役に赴任したような者は、例外なしに辛きめにあうということだ。
――理由はいろいろあるだろうが、どこの藩でも、藩主は江戸うまれの江戸そだちであるから、自分が家督して政治を執るばあいには、しぜん身近で育って気心の知れた者を、重要な役につかいたくなる。これはどうしてもそうなりがちである。
国許そだちの人間は性格がとかく固定的で、融通性に欠けている例が多い。環境が根づよい伝習でかたまっているためもあろう。暢気な者はばかばかしく暢気だし、偏屈な人間はしまつに困るほど偏屈である。
――この藩ではその点がことに際立っていた。おそらく気候風土の関係もあるのだろうが、一般に傲岸粗暴であり、きわめて排他的な気分が強かった。
――江戸の人間はふぬけで軽薄だ。
――人にとりいるのが上手だ。
――口さきがうまくて小細工を弄する。
かれらはかれらでこう信じていた。そしてその信念を決して譲ろうとはしなかった。
笈川玄一郎を送るために、親しい友達なかまで別宴を張って呉れたが、集まった七人のうち三人まで国詰になった経験があったから、話はしぜんその方面のことでもちきり、なかばからかいぎみの忠告や意見がしきりに出た。
「なにより困るのはすぐ刀を抜くことだ、議論に詰るとすぐ決闘だからな、絶えず決闘がある」
萩原準之助が云った。
「――尤もどっちか少し傷がつくと、勝負あったでひきわけになるんだが、議論のほうもそのままひきわけだからね、結果としてはなんにもしなかったと同じなんだ」
「あれが自慢のお国ぶりなんだ、もっとも武士らしいやりかただと思ってる」
「もうひとつふしぎなのは女たちの威勢の強いことだね、威勢というより権力にちかいものだ」井部又四郎がそう云った。
「――夫人や令嬢たちが幾つも会をもっていて、音曲や茶や詩歌の集まりをするのはまあいい、堂々と男を客に招いて酒宴を催すのにはびっくりしたよ」