TRENDIA CLASSIC

笠折半九郎

山本周五郎

1 / 15

失火

喧嘩は理窟ではない、多くはその時のはずみである、理窟のあるものならどうにか納りもつくが、無条理にはじまるものは手がつけられない、笠折半九郎と畔田小次郎との喧嘩がその例であった。

二人は紀伊家の同じ中小姓で、半九郎は西丸角櫓の番之頭を兼任し、食禄は三百石、小次郎は二百五十石を取っていた。……年齢は半九郎の方が二歳年長の二十七であるが、気質からいうと小次郎の方が兄格で、烈しい性格の半九郎とはちょうど火と水といった対照であった。

半九郎も小次郎も早くから主君頼宣の側近に仕えて二人とも別々の意味で深く愛されていた。半九郎はその生一本な直情径行を、小次郎は沈着な理性に強い性格を、そして二人はまた互いに無二の友として相許していた。

そのときの喧嘩がどういう順序で始ったかよく分らない。城中の休息所で座談をしているうち、話がふと半九郎の縁談に及んだ。……彼はそのとき同藩大番組で八百石を取る天方仁右衛門の娘瑞枝と婚約が定まっていた。瑞枝は才女という評判が高く、特に十三絃に堪能でしばしば御前で弾奏したことがある、話は自然とその琴曲のことになった。小次郎は半九郎が武骨者で、芸事などには振向いても見ないのを知っていたし、瑞枝の琴の話が出ると、明かに不快そうな顔つきになるのを認めたから、ちょっと意地悪な気持になって、

――笠折もこれから瑞枝どのの琴を聞いて、心を練る修業をするんだな、音楽というものは人の心を深く曠くするものだ。

というような意味のことを云った。

それがいけなかった、ごく親しい気持から出た言葉ではあるが、時のはずみで半九郎は真正面から喰い下った、おんなわらべの芸事などで心を練り直さなければならぬほど武道未熟だというのか、そう開き直ったのがきっかけで暫く押し問答をしていたが、ついに半九郎は面色を変えて叫びだした。

――このままでは己の面目が立たぬ、それほどの未熟者かどうか試してみよう、明朝卯の刻に城外鼠ヶ島で待っているから来い。来なかったら家へ押掛けるぞと云って、半九郎は下城してしまった。

山本周五郎の他の作品