TRENDIA CLASSIC

おれの女房

山本周五郎

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「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっちまうじゃないか、よしと呉れよ、よけえなことしないで呉れってんだよ」

その長屋の朝は、こういう叫び声で始まる。それは平野又五郎という絵師の家から聞えるもので、甲だかい調子の、すばらしいなめらかな早口である。するとそれを合図に、あちらでもこちらでも物音が聞えだす。

「おまえさんお起きな、先生のところで始まったよ、坊やもついでに起してね」

「そらお石さんの声が聞えるよ、のたのたしてないで薪を割って呉れなくちゃ困るよ」

「平野さんとこでもう聞えるよ、ぐずぐずしてちゃまにあわないよ、さあみんな手っ取りばやいとこ片づけてお呉れ」

こういったぐあいで、しだいに路地うちが賑やかになり、その日の生活が動きだすのである。しかし平野の家ではそれで終ったのではない。まだ妻女のお石の高ごえが続いている。まるで野なかの一つ家にでも住んでいるような、隣り近所に少しの遠慮もない、ぱりぱりとした叫びかたで――

「おれの写生帖がないんだ、この机の上へ置いた筈なんだが」

「置いた筈ならそこにある筈じゃないか、置いたところを捜してみればいいじゃないか、いつでもそうなんだから、いやなにがない、なにはどこへ置いた筈だ、ない筈はない、滑ったの転んだのって、置いた筈なら置いたところを捜せばいいじゃないか、いけないよそんなところをひっくり返しちゃ、だめだってばさ、そんなとこに有りやしないよ、触っちゃいやだってのにね、あたしがちゃんと片づけといたんだからひっかきまわしちゃだめだよ、いけないってのにわかんないのかね、このひとは」

「――ここに有ったじゃないか」

「有ればいいじゃないか、有れば文句はないじゃないか、此処に有っただって、あたしが片づけといたんだもの有るに定ってるじゃないか、机の上へ置いた筈だのどうだのこうだのって、があがあがあがあ、騒ぐばかり大げさに騒いで、そうしちゃしまいにあたしに手数ばかりかけるんだ、いつかだっても――」

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