おれの女房
本文約23,100字 ・ 読了時間 約47分
あらすじ(AIが作成しました)
絵師の平野又五郎と、その妻お石の物語。独自の画風を追求する又五郎は、極貧生活の中で妻と衝突を繰り返す。周囲からも疎まれる口やかましいお石に対し、又五郎は自身の芸術への苦悩と、妻の献身を理解していた。後に妻の不在に直面した又五郎は、世間の非難を否定し、苦楽を共にしてきた絆を再確認する。本作は、不器用な夫婦の情愛と、絵師として生きる一人の男の覚悟を鮮やかに描き出している。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「またよけえなことをする、よしと呉れよ、そんなところでどうするのさ、そんなとこ男がいじるもんじゃないよ、だめだったら聞えないのかね、あたしがせっかく片づけたのにめちゃくちゃになっちまうじゃないか、よしと呉れよ、よけえなことしないで呉れってんだよ」
その長屋の朝は、こういう叫び声で始まる。それは平野又五郎という絵師の家から聞えるもので、甲だかい調子の、すばらしいなめらかな早口である。するとそれを合図に、あちらでもこちらでも物音が聞えだす。
「おまえさんお起きな、先生のところで始まったよ、坊やもついでに起してね」
「そらお石さんの声が聞えるよ、のたのたしてないで薪を割って呉れなくちゃ困るよ」
「平野さんとこでもう聞えるよ、ぐずぐずしてちゃまにあわないよ、さあみんな手っ取りばやいとこ片づけてお呉れ」
こういったぐあいで、しだいに路地うちが賑やかになり、その日の生活が動きだすのである。しかし平野の家ではそれで終ったのではない。まだ妻女のお石の高ごえが続いている。まるで野なかの一つ家にでも住んでいるような、隣り近所に少しの遠慮もない、ぱりぱりとした叫びかたで――
「おれの写生帖がないんだ、この机の上へ置いた筈なんだが」
「置いた筈ならそこにある筈じゃないか、置いたところを捜してみればいいじゃないか、いつでもそうなんだから、いやなにがない、なにはどこへ置いた筈だ、ない筈はない、滑ったの転んだのって、置いた筈なら置いたところを捜せばいいじゃないか、いけないよそんなところをひっくり返しちゃ、だめだってばさ、そんなとこに有りやしないよ、触っちゃいやだってのにね、あたしがちゃんと片づけといたんだからひっかきまわしちゃだめだよ、いけないってのにわかんないのかね、このひとは」
「――ここに有ったじゃないか」
「有ればいいじゃないか、有れば文句はないじゃないか、此処に有っただって、あたしが片づけといたんだもの有るに定ってるじゃないか、机の上へ置いた筈だのどうだのこうだのって、があがあがあがあ、騒ぐばかり大げさに騒いで、そうしちゃしまいにあたしに手数ばかりかけるんだ、いつかだっても――」