一の一
「もういけない、祐八郎、下ろしてくれ」
「なにを云う」
大畑祐八郎は、叱りつけるように叫んだ。
「ここまで来て、そんな弱音を吐いてどうするんだ、元気をだせ、佐和山まではどんなことがあっても行くと云ったではないか、いいか、石に噛りついても頑張るんだぞ」
「いやだめだ、頼むから……下ろしてくれ」
ほとんど担ぐように、肩へ掛けている田ノ口義兵衛の腕が急にぐにゃっと力をなくした。そして祐八郎が肩をつきあげるようにすると、義兵衛の体は、そのままずるずるぬけ落ちそうになった。
「おい田ノ口、おい!」
祐八郎は驚いて、左手にある竹藪の中へ入って行って、友の体を肩から下ろした。……もう身を支えることもできないとみえて、濡れ雑巾のように倒れ伏すのを、祐八郎は援け起しながら、なんども名を呼びたてた。
「しっかりしろ、おい、田ノ口!」
「……無念だ、おれは」
義兵衛は昏みゆく意識のなかから、ふいにしゃがれた声で大きく叫んだ。
「おれは、忘れないぞ、金吾中納言、犬め、松尾山の裏切り、……無念だ、無念だ」
「義兵衛、声が高いぞ、声が」
肩を掴んで揺すりながら、祐八郎は、ふと藪の向うでなにか物音がするのを聞きとめた。……関ヶ原の敗戦からすでに三日、追及の手のきびしい関東軍の網の目のように張られた手配りのなかを、夜も日もなく逃げ廻って来た神経は、野獣の本能よりも鋭く、危険を嗅ぎつけることに馴れていた。
――誰かが、そこにいる。
かさッとも動かぬ藪のかなたに、じっとこっちを窺っている者の姿が、祐八郎にはありありと感じられた。……それで強く義兵衛の肩を掴んで引き起そうとした。
「田ノ口、もうひと頑張りだ、立ってくれ」
「…………」
返事はなかった。
「おい田ノ口、義兵衛!」
耳へ口を寄せて呼んだ。それから相手の口許へ耳を押し当てた。……呼吸が絶えていた。祐八郎は慌てて腹帯を解き、鎧の胴をはずしてやろうとした。
すると、そのとたんに、藪を押し分けて来る人の気配がした。
――みつかった。
物音はすばやく近寄って来る。
「義兵衛、冥福を祈るぞ、……さらばだ」