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TORENDIA

あすなろう

本文約19,500字 ・ 読了時間 約39分

あらすじ(AIが作成しました)

芝金杉の居酒屋「灘久」で、指物師を名乗る文次と、女をものにすることに長けた政が酒を酌み交わす。二人は互いの過去や人生観について語り合い、やがて店には不穏な空気が流れる。政が過去の出来事に動揺する一方で、店を訪れた岡っ引が二人の関係に問いを投げかける。やがて文次は店を出て足を引きずりながら去り、霧に包まれた芝浜の朝に、静かに影が残される。

山本周五郎

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一

うすよごれた手拭で頬冠りをした、百姓ふうの男が一人、芝金杉のかっぱ河岸を、さっきから往ったり来たりしていた。日はすっかり昏れてしまい、金杉川に面したその片側町は、涼みに出た人たちで賑わっていたが、誰もその男に注意する者はなかった。やがて、「灘久」と軒提灯のかかっている、かなり大きな居酒屋から、職人ふうの男が出て来、それを認めたこちらの百姓ふうの男が、すばやく近よっていった。二人は並んで歩きだし、百姓ふうの男がなにか訊いた。片方は首を振った。二人はなおも囁きあったが、町木戸のところで引返し、こんどは百姓ふうの男が、「灘久」の繩暖簾を分けてはいっていった。

二

「おめえ少し饒舌りすぎるぜ」

「これも女をものにする手の一つさ」若いほうの男が云った、「冗談じゃあねえ、あにいだってゆんべは結構しゃべったじゃあねえか」

「ちえっ、ゆんべだってやがら」年上のほうの男は右手の指の背で鼻をこすった、「おれがゆうべなにを饒舌った」

「この辺の生れで、なんでも大きなお店の二男坊だったとか、二階造りの家に土蔵が三戸前もあったとか、小さいじぶんから暴れ者で、近所の者はもちろん、可愛い妹まで虐めてよく泣かしたとか」

年上の男は笑いながら首を振った、「でまかせだ」

「本気で云ってたぜ」

「でたらめさ、酔ってたんだ」と年上の男は酒を啜ってから云った、「生れたのは宇田川町、うちは小さな酒問屋だった、蔵というのは古い酒蔵が二棟で、一つは半分壊れかけていたっけ、子年の火事できれいに焼けちまったそうだがね」

「すると、うちの人たちは」

「酒が来たぜ」

小女が燗徳利を二本、盆にのせて持って来た。年上の男が肴を注文し、若いほうの男は酒を調合した。空いている徳利へ、新しい徳利の酒を二割がた移し、脇に置いてある土瓶から薄い番茶を注ぎ足すのである。つまり番茶を二割がた混ぜたうえで、その酒を飲むのであった。

「おめえはふしぎなことをするな」と年上の男が云った、「そんなものを飲んでうめえか」

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