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TORENDIA

景気のこちら側

本文約1,500字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

繁華街の裏通りで幼い四人の子供を育てる女くず屋の姿を目撃した筆者は、世にいう好景気の恩恵から取り残された人々の存在に目を向ける。オリンピックを誘致し浮き足立つ世相への違和感と、貧しいながらも生きるために食うという現実を鋭く観察し、自身の生活や執筆活動と重ね合わせながら、現代日本の矛盾を随筆として綴る。

山本周五郎

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🎧 景気のこちら側 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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例のとおりひるめしのそばを食べに出たら、繁華街の裏通りで女のくず屋が車をとめて、子供たちに食事をさせているのを見た。車の上は手作りの箱になっていて、買った物を入れるのだろう。ぼろきれや束ねた雑誌などがわずかにあり、その上に二歳くらいの女の子が座っている。母親の年はわからない。三十代ともみえるし四十過ぎともみえる。車の前端に腰をかけ、えりをひろげて赤児に乳をのませてい、そのわきに五歳と四歳くらいの男の子が、ふかした芋を食べている。車の中の子も両手にふかし芋を持って、左右を代る代る食べるのだが、歯が生えそろっていないためか、なかなかうまく食い欠けないようであった。

どこででも、いつでも見られるけしきだが、あまてらす景気といわれる側の人たちの目にはとまらないだろう。裏町のほこり立つ道の上で、四人もの小さい子供に食事をさせる気持ちはどんなだろうか。子供たちのほうは平気らしい。うまく芋を食い欠けない幼児は、車の中でじれて、いきんだりうなったりしているし、二人の男の子は自分のを食べながら、すきがあったら相手の芋を奪い取ろうとねらっている。

私は道のカドに立って、タバコを吸いながらさりげなく見ていたのだが、実際に五歳くらいの子が、四歳くらいの子の手から、すばやく芋をふんだくり、さっと自分の口の中へほうりこんでしまった。その芋はその子のこぶしよりずっと大きく見えたのに、なんの苦もなく小さな口へすぽっとはいってしまい、四つぐらいの子は泣き声をあげながらむしゃぶりついて、おれの芋だとわめきたてた。

「なにをばたばたあばけてるだ」と母親がしかった、「なにがどうしたのさ」

五歳くらいの子が即座にいった、「おれの芋をよこせっていうんだ」

いまほうりこんだ芋はどうなったのか、口の中にはなにもないような、はっきりした言葉であった。母親は泣き声をあげている小さいほうのほおを、平手でかなり強くたたいた。

「このずくなし」と母親はいった、「兄のくせに弟の物を欲しがるまぬけがあるか」

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