加川銕太郎は机に向って坐り、ぼんやりと庭のほうを眺めていた。部屋の片方では弟の佐久馬が、本箱を前にして書物の整理をしていた。
「またですか」と云う妻の声がした、「またいつものことを考えていらっしゃるのね」
銕太郎は黙っていた。
彼は両の肱で机に凭れ、両手で顎を支えながら、やや傾きかけた陽の当る、冬枯れの庭を眺めていた。赤錆色の、少しも暖かさの感じられないうすら陽は、林になっているくぬぎの木の幹を、片明りに染め、枯れた芒のくさむらの、ほほけてしまった穂を、鮮やかに白く浮き立たせていた。
――これは祖父の造った庭だ、と銕太郎は思った。
くぬぎ林は百本ちかくある。林を縫って細流が蛇行し、板塀の外へと流れ出ている。板塀の外は「沼」と呼ばれる湿地で、蘆荻や蒲が密生してい、冬になると鴨や雁や鴫、鷭などが集まって来る。祖父の代にはそちらが四目垣になっていたので、沼のけしきはよく見えたが、父はそこへ板塀をまわしてしまったので、いまでは家の中からは見ることができなくなっていた。
銕太郎の坐っている位置から見て、くぬぎ林は右手にあり、正面が百坪ほどの芒野。左手には小高く、芝を植えた築山がある。その裾から竹垣のところまでは、梅の老樹の疎林がひろがってい、竹垣の向うは、門から玄関へ通ずる敷石道であった。
「兄さん」と弟の佐久馬が手にした書物を見て云った、「これはなんと読むのかな、御なんとか花記というこれ、高楷宗恒という人の」
「おさばなの記だ」と銕太郎が答えた。
「へえ、この宇冠に最という字がですか」と佐久馬が訊いた、「これは雑書の部へいれますか」
「和学の中だ」と銕太郎が云った。
くぬぎ林へ百舌鳥の群が舞いおりて来、やかましく叫びながら、枯れた枝のあいだを飛びまわった。
「仔細は申上げられません、どうぞなにもお訊きにならないで下さい」と妻のゆきをが云った、「このお願いを聞いて下さらなければ、私は自害するほかはありませんし、加川の御家名にも瑕がつくのです」