落ち梅記
本文約30,600字 ・ 読了時間 約62分
あらすじ(AIが作成しました)
沢渡金之助は、困窮しすさんだ生活を送る友人の半三郎に手を差し伸べ、更生を願う。その後、藩政の混乱を立て直すため、かつての学友たちがそれぞれの立場で再会する。半三郎は藩の重要な裁きの役目を命じられ、私情を断ち切って職務を全うすることを誓う。金之助は友人への信頼を胸に、自らも厳しい対峙を覚悟する。物語は、かつての友人同士が異なる立場から再会し、宿命に直面する姿を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
「すまない、そんなつもりじゃあなかったんだ、酔ってさえいなければよかったんだが、どうにもしようがない、本当にすまないと思ってるんだ」
半三郎はこう云って頭を垂れた。不健康な生活をそのまま表明するような蒼ざめた艶のない顔である、しまりなくたるんだ唇、ぶしょう髭の伸びている尖った顎、焦点のきまらない濁った眼、すべてがいやらしいくらい汚れた感じであった。――金之助は静かなまなざしで友のようすを眺めた。彼の濃い眉毛やひき緊った唇や、高頬の線のはっきりした顔だちは、いずれかというと凌烈な印象を与えるほうなのだが、いま友を見る眼つき表情はなごやかに温たかい色を湛えていた。
「もう少し時日があれば都合のつくあてはあるんだが、相手がどうしても待たないんだ、じかに家へ取りにゆくと云うんで、なにしろあのてあいは本当にやりかねないもんだから」
「どのくらい要るのかね」
「五枚もあればさし当りなんとかなるんだ」
「さし当りでなくきれいに片をつけるにはどの位要るんだ」
「きれいにといって」半三郎は眼をあげたがすぐに俯向いた、「――それは十枚くらいあるとなんだけれど、しかしそれは、相手も細工をした賽などを使っているんだから」
金之助は友の言葉を聞きながして立った。手文庫の中をみたが到底それだけはない、母に頼むつもりで、廊下へ出てその部屋へゆくと、客があるとみえて話しごえがしていた。彼はちょっと考えたが、炉の間へはいって、小間使のむらを母のところへやった。母親はすぐに来たけれども、金の額を聞くと眉をひそめてこちらを見た。
「そんなにたくさんでどうなさるの、あなた母さんがお金の蔵でも持ってると思っていらっしゃるんじゃないの」
「この分はお返し致します、急に入用なもんでいちじ立替えて頂くだけですから」
「返してお呉れでなくってもいいけれど、そんなにたくさんなんでお入用なの、月々の定りの物もあげたばかりでしょう」
「どうしても要るんです、お願いします」
母親はきつい眼で睨んだが、唇には微笑がうかんでいた。黙って居間へゆき、ひき返して来ると、紙に包んだ物を渡しながら云った。