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TORENDIA

菊月夜

本文約16,000字 ・ 読了時間 約32分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸へ四年間の法制研究から帰藩した疋田信三郎は、縁談の申し出を受ける。相手は重職の娘・絢子であり、信三郎にはかつて約束を交わした松谷小房という女性の存在があった。小房の父は城中での狼藉により死に追いやられ、一家は追放処分となっていた。ある夜、牢に繋がれた狂人が信三郎に小房からの手紙を託す。そこには自らの身を引く決意と二人の幸福を願う切なる思いが綴られていた。信三郎と絢子は、白菊が添えられたその書簡を受け取り、小房の純粋な心と向き合う。

山本周五郎

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一

「珍しい到来物があったのでね。茶を淹れてきましたよ」

若いはしたに茶道具を持たせて、そういいながらはいって来た母親のようすを見たとき、信三郎はすぐになにかはなしが出るなと思った。珍しい菓子というのは砂糖漬けの杏子だった。「あなたがお帰りだというので、疋田さまから届けてくだすったんですよ、絢子どののお手作りだそうです、召上ってごらんなさい」

「珍重なものでございますね」信三郎は、いわれるままに摘んでみた。しんなりとした歯ごたえの下から強い杏子の香が匂い、酸味と甘さの溶け合った、密度のこまかい味が舌の根までひろがってゆく、まさしく珍重というべきであるが、武家の質素な生活に慣れている者には、うまい、と思うよりさきに、贅沢だという感じのほうがつよくくる。――こういう味に狎れてはいけない、理屈でなく、そういう警戒をすぐに感ずるのだ。信三郎は一つ摘んだだけで壺の蓋をした。

「もっと召上れ……」

「いえもうけっこうです、茶をいただきましょう」

「あなたへといってくださったのだから召上がればよいのに、ではここへ置いておきますからね……」

「疋田どのがわたくしへというのですか」

彼は不審そうに母を見た。疋田はこの鶴岡藩酒井家の重職のいえがらである。こちらは八百石の郡代で身分も違うし、これまで物を贈答するほど親しかったとはかつて聞いたことがなかった。それでも父の佐垣藤左衛門は郡代だし、兄の市九郎は書院番にあがっているから、どちらかへ贈り物ならまだしもわかる。けれども信三郎は二十三歳になるが部屋住であり、しかも幕府の法制を勉強するため江戸邸に四年いて、つい四五日まえに帰藩したばかりだった。重職の家から、息女てづくりの菓子を名ざしで贈られるなどとは、考えも及ばぬことだったのである。

「……ええ」母親はなぜか眩しそうに眼叩きをしながら頷いた。「この頃は絢子どのも、ときどきここへおみえになりますよ、老職のご息女とは思えないおしとやかな気質で、眉つきお眼もとのそれはお美しいかたです……」

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