葦
本文約12,300字 ・ 読了時間 約25分
あらすじ(AIが作成しました)
将監台の麓、人影もない湿った淀みの畔で、一人の美女が古鏡を見つめたのち川へと身を投げる。同じ頃、草地では勘定奉行所の役人・千神市蔵と、困窮し無気力な日々を送っていた菅野又五郎が、果たし合いの場に対峙していた。市蔵の静かな説得により戦意を喪失した又五郎は、かつて自身から離れ去った女の影や、荒廃した過去の記憶の淵で虚無感に苛まれる。市蔵の献身的な助けを受け、又五郎の生活が再び動き出す中、物語は過去と現在を交錯させていく。
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一
その葦たちは一日じゅう巨きな椎の樹のうっとうしい陰で風に揺られていた。
将監台と呼ばれる丘の突端をめぐって、にわかに幅をひろげる川は、東へと迂曲しながら二十町あまりいって海へ注ぐ。川幅がひろがって大きく曲る左岸の、抉ったように岸へ侵蝕したところに淀みがあり、そのみぎわに沿って葦は生えていた。うしろは脆くなった粘土質のあまり高くない崖で、その上にはずんぐりと横に伸びた古い椎の樹が七八本並び、篠竹や灌木が繁っている。淀みはもとかなり深かったのだが、流れてくる土砂や朽葉などが沈積するのと、絶えずぼろぼろ崩れ落ちる崖土とで、岸のほうからしだいに浅くなり、水の涸れる冬期にはかなり広く醜い川床があらわれる。しかし泥は深いうえにまだ柔らかく、水藻がよく繁殖するので、魚たちは産卵のために好んでそこに集った。
その岸は北に向いていた。また上からは椎の樹立の黒ずんだ枝葉や叢林がのしかかっているため、いつも暗くじめじめして、空気は湿った黴臭さに満ちていた。みぎわの葦は日光に恵まれなかった。茎は細く色も浅くなよなよしていて、葉の繁る頃には少しの風にもよろめきそよいだ。愚なよしきりは羽を休めようとしてしばしば振落され、弱い茎を折ってはおお騒ぎをしてどこかへ飛んでいった。……そこでは時間が想像も及ばないほど退屈に、のろのろと経っていった。なにごとも起らなかった、まれに川獺が魚を追いこみでもして激しい水音を立てるほかは、いつもしんと陰鬱にひそまりかえっていた。