其角と山賊と殿様
本文約4,900字 ・ 読了時間 約10分
あらすじ(AIが作成しました)
貧窮の俳諧師・榎本其角は、ある夜の帰宅途中に突然武士らに襲われ、拉致される。連れ去られた先は山賊の山塞を模した場所であり、其角は祖先の供養と称した怪しい酒宴の生贄として処される窮地に陥る。自身の俳諧を披露して命を繋ごうと試みるも、直後に意識を失い自宅で目覚める。後に師である芭蕉の席で、この一連の出来事が大名や将軍家による戯れを目的とした隠し芸の趣向であったことが明かされる。
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その頃榎本其角は、俳友小川破笠と共に江戸茅場町の裏店に棲んでいた。
芭蕉の門に入ったばかりで、貧窮のどん底時代だった、外へ出る着物も夜の衾もひと組しかなく、それを破笠と共同で遣っている有様だった。
同門の親友、服部嵐雪は、その時分井上相模守に仕えていたから、其角の貧乏を心配して、絶えず金や衣服を調達してやるのだが、性来酒好きな上に恬淡な其角は、たちまち何もかも酒に代えてしまうのだった。
或時、其角の貧乏を聞かれた井上相模守侯が、
「榎本にも邸へ出入をするよう、言ってみたらどうか」
と嵐雪に相談した。勿論、嵐雪は非常に悦んで、すぐに茅場町へとんで行った。ところが其角は一向に嬉しくなさそうで、
「まあお断りをしよう」
と言う。
「何故だ、こんな貧乏が続いては、ろくな勉強もできぬではないか」
「ばかなことを――、天地自然が金で購えるか、春秋四季変化の妙諦を極めるのに、貧乏で悪い理由はあるまい、それに」
と其角は苦笑しながら、
「私は大名の為に俳諧をよむのは御免だ」
「――――」
嵐雪もそう言われては致方がないので、侯の邸へ帰ってその通り復命した。井上侯はもとより蕉門の俳諧に通じ、芸道に理解のある人であっただけ、其角の言葉がかちんと癇に障ったらしい、
「そうか、大名の為に俳諧はせぬと言ったか――」
と少々不愉快な顔をした。
そんな事があって間もなく、深川松川町の佐野屋喜左衛門という材木問屋の隠居所で、俳諧の催しがあるのに其角は招かれた。喜左衛門は似相という俳号をもって、蕉風の俳諧では、すでに旦那芸の域をぬきんでていた。
興行は七つ(午後四時頃)から始まって夜の五つ(午後八時頃)に終り、それから酒が出たので、其角が佐野屋の邸を辞したのはもう四つ(午後十時頃)を過ぎた時分だった。
「駕籠を雇いましょう」
と喜左衛門がすすめるのを断って、
「春寒の夜風で、酔を醒ましながら参るのも妙でしょう」
そう言って外へ出た。