薯粥
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あらすじ(AIが作成しました)
承応二年、三河の岡崎藩へ十時隼人と名乗る浪人が現れる。彼は町道場を開く願いを出し、藩の老職・鈴木惣兵衛の許可を得て、足軽を対象に未明から稽古を始める。隼人は技の教授のみならず、自ら足軽に薯粥を振る舞い、武士としての生きる覚悟を説く。やがて工事場での諍いを機にその高い武芸と精神性が露見し、藩主らも彼に感服するが、彼は特定の仕官を固辞し、自由な修行の道を求めて忽然と姿を消す。彼の正体を巡る噂だけが岡崎に伝承として残る。
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一
承応二年五月はじめの或る日、三河のくに岡崎藩の老職をつとめる鈴木惣兵衛の屋敷へ、ひとりの浪人者が訪れて来て面会を求めた。用件を訊かせると、町道場をひらきたいに就いて願いの筋があるということだった。……そのとき矢作橋の改修工事がはじまったばかりで、惣兵衛は煩忙なからだであったが、町道場ということはかねて藩主水野忠善からもはなしが出たことがあるので、ともかくも会おうと客間へとおさせた。客は十時隼人となのった、三十二三とみえる、あまり背丈は高くないが、逞しい骨組で、太い眉と一文字にひき結んだ大きな唇とが精悍な気質を思わせた。「わたくしは、五十日ほどまえに御城下へまいりました、唯今は両町の伊五兵衛と申す者の長屋に住んでおります、家族は七重と申す妻とふたり残念ながら未だ子にめぐまれておりません、尤も右はすでに御奉行役所へ届け出たとおりでございます」かれは落ちついた調子でそう述べた。生国は甲斐。郷士の子でまだ主取りをしたことはない。流名は一刀流であるが、就いてまなんだ師の名は仔細があっていえないという。それだけのことを聞くあいだに、惣兵衛はちょっと云いようのない好感が胸へ湧きあがってくるのを覚えた。かくべつどこに惹きつけられたというのでもないその男を見ているだけで、なにやらゆたかにおおらかな気持が感じられたのである。
「当藩には、いま梶井図書介という新蔭流の師範がいて、家中の教授をしておる、けれどもこれだけでは、家中ぜんぶに充分の稽古はつけられないし、もしも適当な師範がいて別に教授をすれば、却って互いに修業のはげみともなるので、実はしかるべき兵法家を求めたいと思っていたところだった、尤もすぐ師範としてお取立てになるとは申しかねる、当分のあいだは町道場として稽古をつけて貰わねばなるまいが」
「失礼でございますが、わたくしがお願いに出ましたのは、仰せのおもむきとは少し違うのでございます」十時隼人は、ちょっと具合がわるそうに惣兵衛の言葉をさえぎった、「わたくしは足軽衆のうちからその志のある人々にかぎって稽古をつけたいのでございます」