おばな沢
本文約22,300字 ・ 読了時間 約45分
あらすじ(AIが作成しました)
節子は婚約者である戸田英之助と内祝言を済ませるが、病弱な身で結婚の先行きを案じていた。尾花沢の番所支配を任された英之助は、赴任先での危険や藩の極秘任務について節子に打ち明ける。しかし、兄の泰馬から英之助の語った内容が虚偽であることを知らされた節子は、彼の真意を悟り、やがて完成した持仏堂で静かな日々を過ごす決意を固める。本作は、愛する者の嘘を抱えながら、その愛を受け入れようとする女性の心情を描く。
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一
節子が戸田英之助と内祝言の盃をとり交したのは、四月中旬の雨の降る日であった。
縁談のきまったのは去年の十月で、今年の三月には結婚する筈であったが、正月になって節子が風邪をひき、それがなかなかはっきりしないと思ううちに、午後から時間をきって熱があがるとか、かるい咳が出たり、胸がいやなぐあいに痛いとか、また肩がひどく凝って、躯がぬけるようにだるいとかいったふうに、だんだん調子が悪くなるばかりだった。
そこで御城詰めの和田玄弘という医者に診察してもらったところ、これは労症にちがいないということで、にわかに薬も療法も変り、二十日ばかりは手洗いに立つことも禁じられた。
当分は結婚などできまいというので、いちど戸田のほうへ取消しの相談をしたが、英之助は病気のなおるまで待つといって、そのはなしは受けつけなかった。そうしてほどなく、彼は尾花沢の番所支配を命ぜられ、いよいよ出張ということにきまって、内祝言の盃だけでもと熱心に申し出た。
――節子も半日くらいは起きていられるようになり、戸田のほうからこちらへ来るということで、その日ごく内輪だけの式が行なわれたのであった。
英之助は、すぐ出張しなければならないので、盃の済んだあとゆるしを得て、節子の病間へゆき、そこでしばらく話をした。
「この部屋を見るのは初めてだな、ここで寝ていらっしゃるんですね」
彼はなつかしそうな眼で、幾たびも部屋の中を眺めまわした。そこは彬斎といった祖父が老後に使っていた部屋で、風とおしがいいのと日がよく当るのとで、医者がすすめて病間にしたものである。
障子の外は濡縁になっており、向うは卯木の生垣をまわして、広庭と仕切りができている。ちょうどその生垣の卯花がさかりで、まだ小さい若葉の緑とまっ白な花とが、雨に濡れてひときわ鮮やかに見えた。
「相良がいつかあなたに申し込んだことがあるそうですね」
話の合間に、彼はとつぜんこう問いかけた。
「御両親は承知なさろうとしたのに、あなたがいやでお断わりになった。そういうことを聞いたんですが、本当ですか」
「――さあ、そんなこともあったようですけれど」
節子は、とまどいをしたように眼を伏せた。