TRENDIA CLASSIC

菊屋敷

山本周五郎

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志保は庭へおりて菊を剪っていた。いつまでも狭霧の霽れぬ朝で、道をゆく馬の蹄の音は聞えながら、人も馬もおぼろにしか見えない。生垣のすぐ外がわを流れている小川のせせらぎも、どこか遠くから響いてくるように眠たげである、……露でしとどに手を濡らしながら、剪った花をそろえていると、お萱が近寄って来て呼びかけた。

「お嬢さま、もう八時でございます、お髪をおあげ致しましょう」

「おやもうそんな時刻なの」志保は眉を寄せるようにして空を見あげた、「……霧が深いので刻の移るのがわからなかった、それでは少し急がなくてはね」

「お支度はできておりますから」そう云いながらお萱は、まじまじと志保の顔を見まもり、まあと微かに声をあげた、「……たいそう今朝は冴え冴えとしたお顔をしていらっしゃいますこと、なにかお嬉しいことでもあるようでごさいますね」

「……そうかしら」志保は片手をそっと頬に当てた、「そういえば今朝はなんだかよいことがあるような気がして、……そんなことがある筈はないのだけれどね」

「そのように仰しゃるものではございません、虫の知らせというものはあるものでございますよ、それに今日は御命日でございますから、本当になにかよいことがあるかも知れませんですよ」

そうねと笑いながら、志保は花を持って家へあがった。

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