お繁
本文約6,800字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
沖の十万坪と呼ばれる荒地で、釣糸を垂れる「わたし」は、村で蔑まれる少女・お繁と出会う。彼女は数年前に漁師の父が機械船を失って以来、妹と共に孤独な生活を送り、村人から冷遇されながらも、成長に伴う神聖な美しさを内包している。本作は、過酷な境遇に置かれながらも、周囲への鋭い対抗心を持ち、力強く生きる少女の姿と、その刹那的な美しさを描写する。
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一
曇日であった。
わたしは青べかを漕いで河をくだり、ふたつ瀬から関門をぬけて細い水路へはいっていった。そこにはわたしが私かにみつけておいた鮒の釣場があるのだ。――左岸には川柳が茂っていて、流れにあらいだされた薄紫色の根が水の中へ美しく差伸ばされているのが見える、そこからすこし右手に朽ちかかった棒杭が五六本あって、葉の細長い藻の生えた深い淀みができている、わたしはそこへ舟を着けて釣糸を垂れた。
曇ってはいるが降りそうでない空、不機嫌な鰥ぐらしの男が物思いに沈んでいるような陰欝な空が低く垂れている……わたしは煙草に火をつけてあたりを眺めまわした。
そこは沖の十万坪とよばれる荒地のちょうどまんなかどころであった。北のほうに遠く村の家並が見える。貝の缶詰工場や石炭焼場から吐き出される煙は上へゆくほど薄くなる棒のように、たゆたいもせず立ち昇っている、村はずれからこちらは見るかぎりの荒地で、ひとところだけこんもりと松や珊瑚樹やポプラの茂っているのは沖の弁天という小さな社の境内である。沖の弁天から南の海べりまで続くひとすじの道があって、ひどく歪んだ松の並木が不揃いにずっと断続している。
松並木のかなたに、ところどころ暗く葦のむらがったところが見えるのは沼地か湿地で、ときどき鵜や葦切が飛び立ったり隠れたりしている。川獺や鼬の棲んでいるのもそのあたりである。
「蒸汽河岸の先生よ」
ふいに声をかけられたので、わたしは驚いて振り返った。
いつやって来たものか十三四になる少女が岸の上に立っていて、わたしの振り返るのを見るとにいっと笑った。
「繁あねか」
わたしが云った、「どうした、なにしに来たんだね」
「ええびだよ、ええびに来ただよ」
「一人かい」
「おんだらいつも一人だ、知ってんべがね」
「妹はどうしたんだ」
「あまか……」
お繁はくすんと鼻を鳴らせた、「墓ん場にねかしてあんよ」
「墓場に?――川獺に喰われてしまうぞ」
「ふん、つまんねえ」
少女は眼をそらせながらそこへかがんだ。